かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学。(旧:それでも幸せな人はいるから)

スポンサードリンク

集団づくりに必要な視点(信頼関係を構築するロジック)「集団指導について」#6(最終回)

前回までで、

#1「集団づくりとは」集団づくりに必要な視点(信頼関係を構築するロジック)#1 - 「それでも幸せな人はいるから」

#2「認めるための視点」集団づくりに必要な視点(信頼関係を構築するロジック)「認めるための視点」#2 - 「それでも幸せな人はいるから」

#3「働きかけ」集団づくりに必要な視点(信頼関係を構築するロジック)「働きかけ」#3 - 「それでも幸せな人はいるから」

#4「個を大切にする心理の視点」集団づくりに必要な視点(信頼関係を構築するロジック)「個を大切にする心理の視点」#4 - 「それでも幸せな人はいるから」

#5「相手との間に生まれる心理の視点」集団づくりに必要な視点(信頼関係を構築するロジック)「相手との間に生まれる心理の視点」#5 - 「それでも幸せな人はいるから」

について書いてきました。

今回は、まとめとして、「集団指導」について書きます。それと、集団をつくり上げていく中で指導したい「社会性の指導」「情操教育」について書いていきます。

1.「集団指導」

教師には、個々ばらばらの“集合体”から、互いに影響やかかわりをもち合う楽しさや充実感を子どもが感じることのできる“集団”への育ちを支えていく援助が求められる。

集団生活には葛藤や対立もおこるが、思いもかけない発想やアイデアの展開もあり、そうした集団のもつ力を通して遊びや生活がより豊かになり、1人ひとりの子どものそれぞれが発達の課題や葛藤を乗り越え、より充実した育ちへとつながるように援助を展開していくことが大切である。

集団指導を、集団そのものを指導するものととらえてしまうと、子どもたちの集団行動を統制し、訓練していくといった管理主義的な指導に陥ることになってしまう。

「群れ」から「集団」や「チーム」にと言われるように、どう集団を指導していくかといったことがかかれています。

 そのために「援助」が必要。教師の介入ということですね。

 

集団づくりが進んでいって、たとえば、男女仲がよく、ペアや手をつないでの活動もできるようになってきたぞ!と感じてきたとき。

 

そこに「楽しさ以外の価値」が、見つけられるようになったとき、子どもたちは「集団の価値」を知り、他者を尊いと捉え、大切にできるのではないかと考えました。

価値」が重要です。

 

その「楽しさ」を越えた指導に必要な視点がここに書いてあるように思います。

ここでは

  1. 発想やアイデアの展開
  2. 遊びや生活がより豊かに

と書かれています。

 

これらによって、1人ひとりの子どものそれぞれが「発達の課題」や「葛藤を乗り越え 」より充実した育ちへつながるようにする。

 

集団指導をするには、教師が「集団の良さ」をたくさん知っている必要がありそうです。その辺りもいつかまとめたい。

 

集団であることで、各々の課題や葛藤を解決していくことができるわけです。

 

各々の課題は「自己を受け入れる」こと。

葛藤は「他者の違いを認める」ことと捉えると、「集団による育ち」の効果が期待できます。学校の醍醐味です。これらは、人権意識の醸成にもつながりますね。

※この「集団指導」を「学び」にも生かそうというのが、「アクティブ・ラーニング」と言えるかもしれません。人は一人で生きて解決を生み出そうとするよりも、しかるべきタイミングで「協働」をした方がよいということです。

「集団指導」の視点は古くから大切にされ、かつ、最新の子どもたちの育ちに必要な問題解決にとても重要な視点なのだと思いました。

 

そして、集団を運営していくには「集団の良さ」が体験できさえすればよい。ということではなく、

「集団の良さ」を感じるための、人とのかかわり方が不可欠になってきます。

そこを育む視点も意識する必要があります。以下の「社会性の指導」です。

2.「社会性の指導」

自分に向き合って支えてくれともに喜んだり驚いたりするおとなを信頼できるようになると安心し、意欲をもって歩み始める

そこでは、根底的な存在感を培っている

いろいろな人やものごとに関心を示すようになると、ものや場所の取り合い、ことばや行為のすれ違いなどから争いがおきるようになる。

自分の思い、考えをどのように伝えたらいいかわからない場合、他者の気持ちや考えをうけとめられない場合がほとんどである。

また、不意に破壊的な行動をして、周りの子やおとなを困らせる子もいる。その子ども自身の心の現実が表面化している場合が多い

くり返しくり返し、具体的な手だてを子どもとともに話し合いながら探りだしたり時には明確に提案したりすることが大切である。

一方で保育者は、その子どもが自分を譲れない、他者を受け止められない現実は何なのか、その子どもの存在感や有能感(自信)といった根本的な問題に立ち返りたい。

 必要な示唆がすべて含まっているように思います。

その他の方法論はこれの言い換えでしかないかも。

 

ここの肝は、社会性の基盤に「おとな」が置かれているところです。

「おとな」を信頼できることから、周囲への関心は広がるということです。

 

その場を管理している大人を信頼できず安心感がもてなければ、そこで他者に抱く関心は、温かいものではなくなってしまうのではないでしょうか。私は「社会性の指導」の項目を見てそう言われているような気がしました。

 

  1. そこにいる大人に魅力があり、
  2. 安心することで、
  3. その場で積極的な探索ができるようになり、
  4. 多様な他者への関心をもてるようになる

のではないでしょうか。

 

「中間集団全体主義*1」や「関係を優先するためのかかわり*2」など、

人と人との本音の見えるかかわりではなく、かかわり自体を大切にするかかわりが問題視されています。

 

「逸脱」を許せということでもないですが、規律や管理によって関係を強めるだけでなく、「ソーシャルボンド理論」のような、人と人がかかわりながら絆をつくっていき、集団として「誰が誰とでも」かかわれるような、社会性が育っていくといいと思います。

 私は「お互いがお互いのことをよく知っていて安心できるクラス」が作れたら楽しいなと考えています。誰々がこれが得意とか、これは苦手だから助けようとか他者を思いやれるクラスです。「誰が誰とでも会話のできるクラス」も面白いと考えたときがありました。

 (現在は、「自分たちのやりたいと思ったことを、みんなで実現できるクラス」をテーマにしている:2017.8.17)

 

そして、集団として生活ができて、一人ひとりの社会性も育ってきた中で、

スパイスとして、

  • 自然のダイナミックさや、
  • 日常では到底味わえないような、
  • この世界に神秘的なものに出会い、
  • 共に考えたり思ったり感じたことを伝え合ったり、
  • 共通経験や成功体験、
  • がんばった思い出などができると、
  • より集団は良さを追求しだす

のではないかと考えました。

 

そのために「情操教育」の視点もふまえたいです。

 

3.「情操教育」

愛情や信頼感をもって園生活を楽しむ中で、美しいもの、尊いもの、崇高なものを見たり聞いたりして、素直に感動し、それを身近な人に表現しようとする気持ちを育てることをいう。

子どもは、安定した気持ちが得られると、積極的に動きだし、さまざまなものや人に出あう。

周りのおとなへの信頼感を得ると、おとなの提示するものへ関心を示す。

その中で、子どもなりの感じ方、見方が尊重される自由感が保障されることが大切である。

またそれを表現し、共感されるあたたかい気持ちに支えられ、相互的なやりとりの中、より崇高なものを求め、子ども自身が納得して歩むことができる物理的、時間的な整備が大切である。

さらに、子どもたちのようすから、おとなが何を感じ、どのような願いをもっているのか、子どもと周りの世界(あるいはおとな)がどのような関係であり、積極的に表現したい対象であるかといった人的環境のふり返りと整備がもっとも重要になる。

終盤にふさわしい怒涛の重要語句の嵐ですね。キーワードを抜き出します。

  • 「感動を身近な人に表現しようとする気持ち」
  • 「安定した気持ちが得られると積極的に動き出す」
  • 「大人への信頼感が大人の提示するものへ関心を示す」
  • 「子どもなりの感じ方が尊重される自由の保障が大切」
  • 「共感されるあたたかい気持ちのある相互的なやりとり」
  • 「外界や大人が積極的に表現したい対象であるか」

子どもたちに一番に必要なのは、近くにいる「モデル」です。

 

子どもが集団の中で育つには、大人が子どもにとって働きかけたくなるような、魅力のある人間である必要があるみたいです。

 

そのモデルが浸透して、子どもたちも「よりよい振る舞い」ができ、集団が支持的になっていくと、子どもたちはぐーーーんと集団を生かして育っていくということでしょう。

 

「信頼」と「反応」と「尊重」のある関係が集団には不可欠なようです。

同時に子どもが存分に表現できるための「表現力」も必要ですね。

 

4.まとめ

長く「集団づくりに必要な視点」について書いてきました。

集団がどこかしっくりこないときに、この中の何かが足りなくないか考えることで、視点を新たに集団へ働きかけることができると思います。

 

参考にしたのが「保育用語辞典」ということもありますが、読み込むほど子どもにとっての「環境」の大切さを感じました。

 

そして、集団を通して子どもは「イレギュラーへの対応力」を学んでいくのだと思います。

 

集団で「生き方を体験し、学び、知り、身に付けること」は、イレギュラーを乗り越えるために必要な力です。 

 

集団では「みんなが違いをもっているから」必ず一人ひとりにとってのイレギュラーは発生します。
 
そのイレギュラーを乗り越える経験がなければ、人生を生き抜くのは困難です。
 
人生は実際には予想外のことしか起こらないからです。
経験からその予想外の範囲を広げていくことが大切ですね。
そして、どんなイレギュラーも
集団で力を合わせて、対話をすれば必ず解決できる
という事実を知る必要があります。

そんな中で、つまずきもあることでしょう。
そして、それこそ、そのときために、そのときのためにこそ、もはや、そのときのためだけに「大人はそこにいる」のです。
 
その役割は、たとえば「子どもが予想外と感じたことに共感しつつも、そういうこともあるものなのだ」と「みんなにもあることで、予想外すぎて不安にならならくてもいいことなのよ」と教えることなのかもしれません。
 
繰り返しになりますが「信頼関係」が構築できると、子どもは教師の示すことに興味をもって、進んで活動に取り組むようになります
 
そうすると、教えたいことを、効果的に学ばせることができるので、子どもにとっても利益が大きくなりますね。
 
子どもは、毎日学校に来ています。
 
果たして全員が楽しく登校しているでしょうか。
 
もし学校が楽しくなかったら、その環境における教育効果は下がると思います。
 
つまらないところで頑張ろうとは思えないし、楽しくなければそもそもやろうとも思えないからです。
 
では、学校が楽しいとしたらどうして楽しいのか。
 
  • 友だちがいるから
  • 新しいことを教えてくれるから
などの意見があります。
 
学校の肝は「集団であること」と「学びを与えられること」にありそうです。
 

これらの集団づくりの視点をすべて網羅しておくことは大変ですが、これらの視点に適うことができたとき、私は確実に集団が成立すると考えています。

引き続き集団づくりの視点を大切に実践していきたいと思います。

 

以上「集団づくり」について この項終

スポンサードリンク