かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学。(旧:それでも幸せな人はいるから)

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「頑張っていること」をほめる?

「ほめる」についての話は、いろいろなところで毎日のように見かけますね。

 

私も前に「ほめる」について書きました。

 

その中の良いほめ方についてで、よく聞くフレーズに「頑張っていることをほめる」というのがあります。

 

"できたこと(問題が正解したこと)"をほめるより全然いいのは確かです。

 

"できたこと(問題が正解したこと)"をほめていると、小学3年二学期くらいから、宿題に自分から取り組まなくなります。

 

信頼関係が良くて、ほめられたいって条件付けがされていればやるでしょうが、その依存は後で苦しいと思います。

勉強はほめられるために、親を喜ばせるためにやっているわけではないからです。

 

ほめてもっていきたいところは、自信とか自尊感情とかの内面的な力だと思います。

(ほめれば、子どもが育つなら、牢屋に入れて外からずっとほめていればいいっていう……。)

 

そこで、頑張っていることをほめる。

「今日も頑張ったね」と。

 

しかし、単に「精神の頑張り」をほめるって意味あるかなってところです。

 

じゃあ、たとえば、小学4年になったとして、問題が難しくても、唸ってりゃいいのか、と。

 

できなくても「頑張ってたね」と。

 

一理あります。

取り組むことをほめていれば、取り組むまでは小学6年でもやるように強化できる可能性が高いです。

 

でも、どうせなら「できるように」したいですよね。

 

そこで、どう「ほめる」かですが。

 

私は「行い方」をほめるといいのではないかと思っています。

 

「取り組んだこと」を賞賛するのを基本としつつ、

「最後まで集中して頑張ったね」

「字をきれいに書いて頑張ってたね」

「分からないところはノート(教科書)見てやってすごいね」

「姿勢よく座ってできていいね」

「分からないところは聞いて解決してすごいね」

「文章題は大事な言葉を囲んでいてナイス」など。

 

全部やるのが苦手な子も

「今日は3問集中して頑張ってたね」でいいと思います。

 

小6、中学、高校に行っても続くような「行い方」について"できたこと"をほめるのがオススメかな、と思います。

 

「意欲」

「やろうとしていること」

「挑戦の姿勢」

「行い方」や「技法」をほめることで、勉強に前向き向かい続けられるようになると思うのです。

 

結局、大人がどこに価値を置いているかによるか……。

叩き台ってことで。

 

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