それでも幸せな人はいるから

特別支援学級の担任をしていて感じたこと。幸せな子ども時代を過ごす子どもが一人でも多く増えるように

スポンサードリンク

「嫌いな人からも学ぶ」

「嫌いな人からも学ぶ」ということは、私が子どもたちに教えたいこと第2位の項目です。

一年間の中でどこかで必ず伝えたいなと思っています。

 

これは、人を自分の価値観で判断して切り捨てないための言葉です。

この人は自分にとっては必要ない、というのは思い込みの判断にすぎません。

自分が好きとか嫌いとかって思う相対的な価値観は、なくてはならないものですが、それを人に対して当てはめていいのかというと違うように思います。

 

やっぱり、私は「どの人間も生きていていい」と思いたいのです。

 

たとえば、自分にとって嫌いな人が多い世界より、好きな人が多い世界の方が世界を好きになれると思いますよね。

しかし、全員を好きになれ!といのは無理があることだと思います。

けれど、嫌いになったからといって良い関係をつくらない。もしくは、嫌いだから良い関係をつくれない、というのもどこか違うように思うのです。

 

そうしたときに「嫌いな人からも学ぶ」という考えをもっていれば、人間一人ひとりを大切にできるのではないか、と思ったのです。

もし嫌いな人からも学ぶ人と、嫌いな人からは学ばない人がいたら、どちらの方が成長しそうか、と考えても「嫌いな人からも学ぶ」価値は子どもにも伝わるのではないか、と思います。

 

繰り返しますが、根本は、「誰をも大切に思うため」の考えやきっかけをもつための言葉です。

 

そして、結局「好き・嫌い」は主観的で相対的なもので、「カラーバス効果」で決めているだけのものだと思っています。

 

昨年よく言っていたのですが「人を嫌いになる準備をしない」ということは大切で、誰かのことを〈よくない〉と思いはじめたら、それはもう「嫌いになる準備」をはじめている可能性があるのです。

もし、それが協働であって、相手に直してもらってよい関係を構築していこうとしたら、よくないところ〈探し〉ではなく、よくないところ〈伝え〉が起こると思うのです。

 

よくないところに焦点を当てて「嫌いになる準備」をするのではなく、よいところに焦点を当てて、その人を見つめるようにしていたら、その人は〈よい人〉になるのだから、「嫌いになる準備」のしようがありません。

 

嫌いでもその人から〈学ぼう〉と考えられることは、その人の良いところを見つけられる可能性もあるし、よくないところを正そうとも思えるかもしれません。

 

自分の思い込みを越えて、「カラーバス効果」を利用して、誰とでもプラスの関係を築けるといいな、という思いがあります。

スポンサードリンク