それでも幸せな人はいるから

特別支援学級の担任をしていて感じたこと。幸せな子ども時代を過ごす子どもが一人でも多く増えるように

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「浮かない、スベらない、ミスらない」

「おさない、かけない、しゃべらない」(今は「もどらない」も大切)って感じに、今日思ったのが、

「浮かない、スベらない、ミスしない」ってやつ。


目立つ行為はいじめのターゲットという雰囲気が、特に高学年にある。

 

子どもたちは、「浮かない、スベらない、ミスらない」ように、ウケをねらって、注目を集めるのに必死だ。

標的を見つけて自分を優位に立てるネタを見つければ、そこに群れて覆いかぶさる。

その価値観の土俵に大人も上げられることがある。自分に軸がないと知らないうちに巻き込まれることもあると思う(先生と児童の線引きが重要。教える立場だ、と)。

巻き込まれた場合は、大人もノリを試される。わきまえた上で〈乗る〉のはいいとして。

 

ノリが悪くても教える立場として君臨するためには、子どもから質問された時に、すばやく根拠を示したり、場の納得のいく正論を答えられることが必要になる。

 

何かを注意すれば「なぜ、いけないのか?」が納得いくように伝わらなければならない。

また「なんで、わたしだけ?」これも起こる。親もそう言ってくることもある。

 

承認を上げるため、自分を落とさないためである。

 

年上の言うことは聞くという感覚が薄れている。

 価値観の多様化は、個人を対等にする。

 先生だから〈聞く〉はない。

 

どんな先生の言うことを聞くかと言えば、

「反応が良い」「何か凄い」
「根拠が分かりやすい」「授業の面白さ」
「得を与えてくれるか」「僕らの成長を願ってくれているか」

以上がポイントと思う。

この中で、学校の先生らしく勝負できるもので勝負できるといい。

 

「何か凄い」って価値観は面白くて、私は垂直跳びだけ凄い跳べる(スポーツはできない)。

教室の天井のちょっとでっぱったところにジャンプしてタッチして、「オー」と拍手されたことがある。

それだけで一目置かれるようになる。

 

まあ、その話は置いておいて。

 

要は「学校やクラスを良い雰囲気の場所にしてくれる人の話」は聞く。

よくある〈居心地の良い居場所〉ってやつだ。

 

結局〈信頼関係〉と〈安心・安全〉を演出できる大人の話は聞けるってことだ。

 

「経営力」が求められるなあ、と思う昨今。

これを買って一年積読をしてしまっていて……マズイ。

経営者になるためのノート ([テキスト])

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