かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学。(旧:それでも幸せな人はいるから)

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2016年のノートに書いてあった記録から3つ

最近「ホワイトビール」にはまっている「ハピペン」です。ビールとおいしい柑橘系のジュースが混ざったような味がとっても美味しいなと思っています。

 

今日は、午前は自分の考えを図解にまとめて、午後はノートの記録を見ながら2016年を4月から振り返っていました(年末の振り返りはどうやったんだよっていうね)。

 

その振り返りから3つご紹介。

自分自身に気づくということを大切にした

「横浜プログラム」の結果から「友だちに大切にされていると思う」と「友だちの役に立っていると思う」が、「自尊感情が低い」という謎な状態から、デニスの本を読んで「自己認知が弱い」という考えに行きついた。

 

そこで、U-SSTを使って自己認知を促したり、「北原りゅうじ」さんの本や、「日本の給料&職業図鑑」を置いた。(一番下にリンクしておきます)

 

自分が分かってくると、目に見えて落ち着いていったように思う。もちろんこれだけやればいいのではなくて、日々のかかわりや、スクールカウンセラーさんや、各ご家庭の子ども理解によるものという方が大きい。

 

いいんです。何も、学校だけで子どもを育てている気にならなくても、ただ、あくまでこういうこともしたってことですな。

学級の居心地を良くする

そのためにやったのが「プラスのストローク」を具体的に示す

ストロークとは

「私はあなたの存在を認めています」という態度や言葉のやりとり。

この具体とは、

「手をつなぐ、なでる、抱きしめる」

「励ます、ほめる、なぐさめる」

「うなずく、ほほえむ、見つめる」

などです。

 

これを、「くじ」にして引いて、引いた子どもにみんなでそれをやるっていうのを2学期中、合間を見つけてはやっていました。

 

わざわざやろうってなると、拒否すると思うのですが、くじを引いて嫌がりながらも、くじで引いたんだからと、プラスのストロークを与えられるということを子どもたちはたくさん受けました。
もちろん本当に嫌がる子には強制しません。嫌がる子がいたらまだそういう風土で、安心しきれていないって考え方もできます。

 

私は、この充電で、支援級を安全基地として、自信をもって安心して挑戦できる姿を期待していました。

3学期になれば勝手にエンジンがかかりはじめると思ったので、それを持続できるように支えられるように、下積みをつくっておくようなイメージ。

まあまあねらい通りに、今の子どもたちは2学期までに見せなかった成長したと思える姿を示してくれています。

 

ノートに書いてあって目に止まった言葉

「しないといけない」→「してはいけない」まずこれ!

学校の日常は目まぐるしくて、疲れていると「出来ていないことばかり目につく」し、「こうしなさい」「ああしなさい」がどんどん増えていきます。

そんな中、そのストレスからか今度は「してはいけないこと」が出てくるしまつです。

賛否両論あると思いますが、分かりやいと思うのでこう言ってしまいますが、まず「してはいけない」ことが出てこない状態を0とします。

そうしたときに、「してはいけないこと」をまず減らしていく。どうしても特性で起こってしまう場合は別なのですが、できる限りのアイデアを尽くして、「してはいけないこと」の表出がなくなるようにする。その環境ができてから、「しないといけないこと」も入れていくということです。

「しないといけないこと」を無理に入れるのは、大人の都合な場合もあります。面目上というか、教育機関で、親への建前もあり……それはそれとして、そういうのが重なって、指導が溢れるときが危険です。

「してはいけないこと」が減って0に近づいて、環境が整ってから「したほうがいいこと」を入れれば値がプラスになる可能性は高いと思います。

この流れの中には、「誉めるサイクル」しかないと思います。

「してほしいこと」をしないと怒りたくなるかもしれませんが、行動が消失して、ねらいが絞れているので大人がやっぱり焦りにくいかな、と思います。

 

小さいうちに「社会楽しい×自分楽しい=地球楽しい」へ

これは、すごい自分らしい表現で好きだなって思いました。

子どもは、地球に期待して生まれてきているはずだよな、って思うのです。本当は、無思考でしょうからおとぎ話になってしまいますが、でも、生まれるって、人は本来生まれること楽しみにして生まれてきていると思うのです。

それを、子どものときの成長過程で、奪ったり、覆したりしてはいけないよなあ、と思っています。

そりゃ「生き辛くて、生きるのつまらなくて、頑張りたくなくるわ」っていう指導をしたって何のためにもならないのです。

「あなたがいることへの喜び」で社会からその子を祝福・賞賛しなけりゃ、社会で生きたくなるわけがありません。

そして、それは、自分を抑えて変わったり、無理していたり、その子の姿を殺した姿が社会に合っているから得られるものではなくて、自分を知っていって(メタ認知ってやつだ)、成りたい自分、良いところのある自分、成長できる自分を知っていって、「自分で生まれてきて良かった」って思えなきゃしょうがないって話です。

そうして「地球が楽しい」って信じられれば、4年で小数・分数のかけ算・わり算が出てきても、地球を信じて頑張ってみようって思えるに違いないってわけさ(そのはったりをかましてどうすんだってね。)。

さあ、「何のために」を考えなくては。

 

〈使った本〉

クラスで育てるソーシャルスキル

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人間力の鍛え方―幸せな大人になるために

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アイデンティティの作り方―なりたい自分になるために

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マージナルマン―反抗期を迎えたすべての人に

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日本の給料&職業図鑑 Plus

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