かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学。(旧:それでも幸せな人はいるから)

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「正しい」や「相応しい」の先

最近「ひれ酒」にはまっている「ハピペン」です。ふぐのひれを入れて呑む温かいお酒です。匂いが独特で心を奪われました。(はじまりは、はまっている酒を紹介するコーナーって意識はない。)

 

6年生が巣立っていって、残る5年以下の子どもたち。

「掃除をするよー」って言うと、みんな掃除をする。

「座るよー」って言うと、みんな座る。

「ちゃんとするよー」って言うと、みんなちゃんとしようとする。

 

「あれー……(何もかもがスムーズすぎる)。」

 

おおっと!

次のステップが、今までと違いすぎて混乱するぜっ!!

 

この間までは、「意志」を育てていたような感じ。

いろいろな子がいる環境でも、自分なりに正しいを選択して動くこと。

その「モデル」が変わったから、スムーズさが少し上がっている。

たぶん彼らには「多様性を認める」がかなり身に付いていると思う。

どんな子が教室にいても生きていけるだろう、と思う。

 

さて、その先……どんな能力を付けるか?

子ども一人ひとりが社会に出るにあたって、一人ひとりが自分の力で生活できるようにしていくにあたって。

これまでは、社会生活のため、自分自身が生きていくために「正しい振る舞い」や「時と場合に合わせた相応しい振る舞い」を指導する視点が強かった。

 

じゃあ、「正しい振る舞い」「相応しい振る舞い」が出来るとしたら、あとはどんな能力が必要なんだろう。

 

当然挙がってくるのは「読み・書き・そろばん」的な知識の群。

ただ、彼らは定着に時間がかかると言えばかかるので、計画的に教えれば進めるって保障があるわけではない。それ以外には何があるだろう?

 

これまで「ソーシャルスキル」は、本当によくやってきた。それが身に付いてきているってことだから、それを生かした何かなのだと思うのだけれど……。

 

より「チームワークや集団を生かして何かをする」ってことができるかもしれない。

日々何かを「目指して」、軽い行事的なものに「向かって」、「みんなで役割分担をして進んでいく」というのが楽しいかもしれない。カリキュラムマネジメント的に何かできないだろうか。

 

合奏もできるだろうなあ。

日常生活を越えた学校生活を提供することが、成長につながる」だろうな、と思う。

 

「どんな力」を付けたいか、「どんな経験」をさせたいか、「どんな理想像」に向かっていくか。

 

これを検討しないとはじまらないなあ。

 

ロングの休み時間を狙った「支援級のイベント」みたいのはどうだろうか、来たい人は来てねって感じで、用意をしておいて。

要は、支援級の「オープンキャンパス」的な感じで、支援級を開放して過ごす企画。

これに向けて、準備をする中で「知識を身に付ける」「ルールやマナーについて考える」「話し合いをする」などの活動を計画する。

 

もう一つ視点が浮かんだのは「受け身」の立場ではなくなったということかもしれない。これまでは6年生に応じて、どう発信するかというのが、暗黙のルールになっていたように思う。

それがなくなった今、中心は変わって、5年以下の子たちが関わり合い、発信し合う側になったということだ。

 

どう主体的にかかわるか、そのために必要な技術、自分たちでできる工夫を出し合って実現していく力を身に付けられるとよい。

 

「何をするために」「どんな力」が必要なのか、少しでも話し合えるといいなあ。

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