それでも幸せな人はいるから

特別支援学級の担任をしていて感じたこと。幸せな子ども時代を過ごす子どもが一人でも多く増えるように

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「ルール(ソーシャルスキル)」よりも「認知能力」

右目だけかゆい「ハピペン」です。実はほんのわずかだが、この最初はメタ認知だなあ、と思う。

 

クラスの中で、暴言・暴力・授業妨害がなかなか止まない子がいる。

その子に必要なのは「ルールを教える力(こちらよりの視点)」よりも「ルールを理解する力(相手よりの視点)」だって話をする。

再び「お楽しみ会」からのネタなのだけれど。

 

あるクラスの子(以下、Kくん)は、入学からずっと暴言・暴力が止まない。

 

つい2学期まで、話題に挙がっていた。

朝会なんかでも、背の順で真ん中辺りで、校長先生の話の最中にど真ん中で乱闘が起こったりしていた。

 

休み時間は、周りの遊びに入れてもらえず一人で遊んでいることもしばしば。

 

Kくんの3学期のお楽しみ会での姿。

 

「おお、みんなの中で話し聞いて、文句を言わずにやってるじゃん!」って感じだった。

 

その後「しっぽとり」をする中で、「あいつ(Kくんとは別の子)ルール分かってねー」と言った子がいた。

タグラグビーのタグを二本つけて取り合っていたのだが、相手のは一本ずつしか取っちゃいけないというルールがあった。

それを間違えて二本取った子がいた。

 

このクラスには「オレが守っているルールを守れないやつはダメ」という風土があるってことかな、と思った。(「失敗禁止」まではいかないとは思うが。)

 

 さて、ルールが守れない子に働く要因は何か。

・周りのルールの説明がそもそも下手

・脳の特徴からセルフコントロールが苦手

・周りに責められる周囲からの二次障害でセルフコントロールができない。

・集中力に困難があってルールを聞いていない。

・ルールを理解する知的能力が不足している。

 

これらを責めるか、カバーするかは「教師の力量」による、っていうので合っているだろうか。

 

説明する力、ルールを理解する力を身に付けさせるのは誰か。

ルール破りを発見して文句を言う力をつけても仕方ない。

 

ちょっと横道に逸れるが

「バカ発見器はいらない」と昔言ったことがある。それをよりよくしないのなら構うな、と。

これが、「バカって言ったら自分がバカ」の謂れかな、と思っている。賢者は気づいたら改善しようとする。

 

その子の特徴・苦手に合わせて伝えられるようにする。また、受け取れるようにする。その力を付けることが当たり前な重要。

 

伝わらないことを相手のせいにしないし、受け取れないことを相手のせいにもしない。「分かる」という目的のために何ができるかが大切。

 

Kくんが、みんなと過ごせるようになったのに、「ルールを理解する力」が上がったのではないか?と考えた。

 

担任が秀逸な注意・指導の仕方をしたからというより、Kくんの認知能力が上がったのだ。

(周りの説明する力やルールを守れない子に文句を言う風土は見られたから、そう結論付けた。)

 

ルールを教え込むっていうより、その子の能力を上げた方がルールが入ることがある。(泣いていることに対して怒鳴ってもしょうがないっていうイメージ)

 

支援の子でも毎日泣き叫ぶ子がいた。

それでも、ひらがなを読めるようになったころから、落ち着いて過ごせることが増えていった子がいた。

 

「そんなの分かってるよ、それを認知させるのが支援でしょ!」って言われたら「はい」って言う。

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