それでも幸せな人はいるから

特別支援学級の担任をしていて感じたこと。幸せな子ども時代を過ごす子どもが一人でも多く増えるように

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交流の困難さ

今日は職員会議だったり、お昼を何人かで食べに行ったりな「ハピペン」です。

 

ちょっとした配布物、日々の業務に必要な書類、教室整備をして一日が終わる。

開店準備完了。

 

そうして、あとは、子どもの出方を見ないとなんとも言えない。

 

さて、ただ、ただ、思うのは「交流との折り合い」はどこも難しいのだなという感じ。

 

教師のアイデアでいくと、「教師ごとの特別支援観」とぶつかる。

特に年度を跨いで転籍となれば、前担任も黙っていない。「いや、これはできると思うよ。」って話になる。

 

こちらとしては、こちらのまとまりでの活動を思うから、動きや流れのイメージも加味して活動を想像するのだが、スムーズにはいかない。

 

なぜなら「根拠」がどこにあるか分からないからだ。

 

正直昨日から思っているのは話し合いの中で、子どもの気持ちが語られないこと。誰の都合の転籍なんだろう……。

 

それに、特別支援学級において、「保護者」ないし、「本人」の意向は重要だはっきり言って印籠状態。

その言質を取っていないのに、配慮を構想するのは、フライングになる可能性が低くない。

そりゃ、周りもつっこみを入れたくなるわけだ。

 

まあ、最悪なのは、言質を取っても「それを説得して変えるのが支援の仕事だろうよ」って人もいるから、まだマシだけど。

説得が仕事になると本当に辛い。いかに不可能で、よくなくて、ダメか、を示して保護者や本人を納得させるって、想像しただけでも仕事としてひどくないだろうか。

 

現状は、そこまでじゃないから、うまくフライングにならないように、印籠を手に入れて立ち回りたいところ。

 

本当はこちらがきちんと支援観を示せたらいいのだけれど、揺るぎない支援観を示すには、今年は人数的な戦力が少ないのと、ちょっと年齢が足りない気がする。仲間を増やせるかが鍵だけど、もうちょっと見渡せないとよく分からないなあ……。

 

ひとまずは、パートナーが働きやすいことを優先したい。だから、空回りしないように気をつけないと、だ!!

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