かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学。(旧:それでも幸せな人はいるから)

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【まとめ】『リフレクション』「リアリスティックアプローチ」と「ALACTモデル」等ーープロセス・流れ・時系列について(「エピソード記述」「省察的実践」含む)

前提

教育現場・学校では、子どもとかかわりのすべてに「教育的価値」を意図したかかわりという前提がある。

教育現場では「教育的な根拠」と関係なく、無作法に好き勝手に思い込みやオリジナリティのみで子どもと過ごしていればいいわけではない。

この前提としての「教育的価値」っていうのは、いわゆる「ねらい」だと思う。

しかし、教育のほとんどは対人間によって行われ、コミュニケーションを介したものである。しかし、コミュニケーションは、相手によって常に内容が変化する。だから、こちらがどんなに「ねらい」を達成するために状況に応じてコミュニケーションをしたとしても、「ねらい」が達成できるかは全く分からない。

だから、我々が行った「かかわり、コミュニケーション、振る舞い」を「リフレクション(内省ないし省察」することで、より「ねらい」に向かって「行為の枠組みを変える」ことができる可能性がある。そして、リフレクションがそれをもたらす可能性は高い。

短絡的に言ってしまえば、我々が「行為の枠組み」を変えることによって、より「人格の完成、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成」「自己実現と社会参画」「自立と社会参加」に近づけるように、我々の「教育活動(かかわり・コミュニケーション・振る舞い」を変えるってことだ*1

じゃあ、「どうやって何を『リフレクション』すればいいの?」ってのが、今回の【まとめ】。

ALACTモデル

大きな枠組みが「ALACTモデル」で、その項目ごとの具体的な視点や考え方がある。

ALACTモデルは、

  1. 行為
  2. 行為の振り返り
  3. 本質的な諸相への気付き
  4. 行為の選択肢の拡大
  5. 試行

 のステップでリフレクションが行われる。

それぞれのステップを説明していき、順に辿ればリフレクションができるようにしたい。

ステップ1 行為

これは、もうなんていうか、「して」って感じだと思う。

本当はここにおける「観察」と「関与」があるのだと思う。研究であれば、その手練れさは、必要だと思うけれども、日々の実践のリフレクションのためには、とりあえず「して」としか言いようがないと思う。

その後の「振り返り」で、思い出される「場面」における「見たこと・聞いたこと(観察)」と「どうかかわったか、コミュニケーションしたか、振る舞ったか(関与)」を通じた「感じたこと、気づいたこと、思ったこと(省察)」から「分かること(意味・価値)」が重要なのだと思う。

「行為」に関しては、こちらなりの主観から来る「ねらい」をもって「して」というしかないかなあ、と思う。

★「第一の局面」である「行為」では

・何を達成したかったのか?
・特に何に注意したかったのか?
・何を試してみたかったのか?

<引用:http://www.nakahara-lab.net/2011/10/post_1802.html

が含まれていると考えられます。

※「行為」への支援

「行為」をよりよいものにする支援として「有益な経験を見い出す支援」が考えられます。
<参考:http://files.eric.ed.gov/fulltext/ED266102.pdf P8>

 

ステップ2 行為の振り返り

次に「行為」の振り返りを行います。

「行為」の「受容、共感、具体化」のための「8つの質問+1」が示されています。

8つの質問

      

 自分軸 

 相手軸  

Doing 

 自分は何をしていたのか? 

 相手は何をしていたのか? 

Thinking

 自分は何を考えていたのか? 

 相手は何を考えていたのか? 

Feeling

 自分はどんな感情をもっていたのか? 

 相手はどんな感情をもっていたのか? 

Wanting

 自分は何をしたいのか? 

 相手は何をしたいのか? 

<参考:http://www.nakahara-lab.net/blog/2014/11/post_2296.html> 

これを基に「行為」に含まれていた「内実のようなもの」*2を引き出します。

この8つの質問の中で、特に「感情」のズレや不一致が、意図的な思考の揺さぶりにつながり重要だそうです。

そして、この日常の中に様々な行為がある中で、そのときに振り返る「行為」というのは、いくつもある事象の中の「ある行為」に特定されていると思います。その「行為」が何か「琴線」に触れているからその「行為」が想起された可能性があります。
(他に、たくさん行為を書き出して選び抜く方法もあります。)

「エピソード記述」的には、「ある行為」を選んだということは、そこに「感動や違和感、自分の心が揺さぶられた」という可能性が高いです。

そして、「ある行為」が浮かんで、選べるということは、そこにもう「メタ」な省察があると考えられます。「行為」を選んでから「省察」するのではなく、それが心のどこかで「省察」していてその価値に気づいているから「行為」を取り上げることができるということです。

+1

その「行為」の映像が読み手に伝わるような「背景」があることで、深い省察につながります。これは「エピソード記述」でも何度も言われていいます。

Context 

背景・状況・前後関係

それはどんな文脈で起こったのか、これからどんな文脈につながっていくのか。 

 <参考:社会科教育カリキュラム・デザインの理論と方法: コルトハーヘンのALACTと8+1の窓

ただの情景描写をする必要はないのですが、客観的な事実と場所とどんな風に感じる雰囲気なのか、などを背景に盛り込めるとよいです。

 

そして、「その行為を選んだのはどうしてだろう?」と探っていくのが次の「3.本質的諸相への気づき」のステップです。

★「第二の局面」である「行為の振り返り」では

・具体的な出来事はどういうものだったのでしょうか?
・何がしたかったのか?
・何を思ったのか?
・どう感じたのか?
・生徒達は何をしたくて、何をしていて、何を思い、何を感じていたのだと思いますか?

<引用:http://www.nakahara-lab.net/2011/10/post_1802.html

が含まれていると考えられます。これに関しては、すでに上で紹介したものと同じですね。

※「行為の振り返り」への支援

「行為の振り返り」をよりよいものにするためには「受容、共感、誠実、具体性」などの支援が良いと言われています。
<参考:http://files.eric.ed.gov/fulltext/ED266102.pdf P8>

ステップ3 本質的な諸相への気づき

ステップ3が一番肝で重要!

その「行為」に何が含まれているかを解剖していくようなイメージ。掘れば堀っただけ、見つけ出せるものがある。そして、その掘るための道具が「己の人間性」ってところが非常に面白い。

単に加齢とともに経験が豊かになればエピソードやメタ観察が書けるようになるというほど単純ではありません。(中略)若い人でも、人と丁寧に付き合う構えをもち、相手を主体として尊重しつつ、しかし自分も一人の主体であるということを相手に伝えていくようにしている人は、おそらくさまざまな人と関わる中で、いろいろな気づきを得、それを「豊かな背景」に溜め込んでいけるでしょう。(中略)そして、そのような人がエピソードを描けば、やはりなるほどと人に思わせるものが描けるのです。

エピソード記述入門―実践と質的研究のために P201)

「エピソード記述」においては、立場が定まっていないとエピソードが描けないと書かれていました。ただし、その立場が自分で認識できていないだけで、振り返りたい「行為」を浮かべることができるように、すでにその芽は己の中にあると言えます。

その立場や価値観にどうすれば気づけるのかが非常に大切です。その価値観が「コア・クオリティ*3」と言わているものだと考えられます。

そのサポートツールを「コルトハーヘン」さんは、ちゃーんと用意しています。

それが「玉ねぎモデル」です。

玉ねぎモデル

f:id:penguin-kn:20170409175000p:plain

<参考:http://www.ritsumei.ac.jp/kyoshoku/kankobutu/kiyou/202araki.pdf

上手くこの項目たちを行き来して、埋めていくことができたら、コア・クオリティに近づける可能性がある。

  • 環境:私は何に遭遇しているのか
  • 行為:私は何をしているのか
  • 能力:私にできることは何か
  • 信念:私は何を信じているのか
  • アイデンティティ:私は何者か
  • ミッション:私を駆り立てるもの
  • コア・クオリティ:核となる質(価値観)

ちなみに、「核となる善さ」にまで届いている「リフレクション」を「コア・リフレクション」というらしい。「コア・クオリティ」は「ポジティブ」なものが望ましいと「コルトハーヘン」さんは言っているとここに<http://www.nakahara-lab.net/blog/2014/11/post_2296.html>書かれていました。

「本質的な諸相への気づき」は「コア・リフレクション」であると良いということです。

 

一方で、「不一致」をもとに「価値観」に気づく道もあるようです。

  1. 「考えていること」と「感じていること」のギャップ
  2. 「自己イメージ」と「他者から見た自身のイメージ」とのギャップ
  3. 「自分として生きる中で体験して知っている自己」と「他者に表現して伝わる自己」とのギャップ
  4. 「していると言っていること」と「実際にしていること」とのギャップ
  5. 「今の自分」と「なりたい自分」とのギャップ
  6. 「言葉にしていること」と「言葉にしない行動」とのギャップ

<参考:未来を創るリフレクションの力 F・コルトハーヘン氏のリフレクション学スペシャルワークショップに参加して - Learning journey - ラーニングジャーニー | MIKA KUMAHIRA

「大文字のTheory」と「小文字のtheory」

「3.本質的な諸相の気づき」の中で、「大文字のTheory(学術的知識)」と「小文字のtheory(実践知)」の結びつきを見つけることもより深い省察には必要になってきます。

「エピソード記述」で言及されていることに気をつけて、理論と実践を結び付けていきます。客観と主観のバランスを取るイメージです。主観的な省察なのだが、客観的な理論も踏まえているような。

「主体としての実践知」と「客体としての学術的知識」の結合部を探っていく。

(ちょっとこれは、はっきりとは分からないのだけれど「人間科学の相対主義」と「自然科学の客観主義」を合わせて「構造構成主義」へ向かう感じだろうか。)

 

自分の行っていることが、学術的知識では何に何処に値するのか。これを考えられることで、エピソードに軸や土台ができ、意味や価値が増すと考えられる。

その「意味」や「価値」の再現性を探ることが、「リフレクション」の役割の一つである。

 

そして、このステップを基に、リフレクションをする前には掘り出されていなかった「意味」や「価値」に気づけたなら、それを手掛かりに「4.行為の選択肢の拡大」へと進む。

★「第三の局面」である「本質的諸相への気づき」では

・第二局面で答えたそれぞれの答えの相互関係性はどうですか?
・学校・文脈が全体としてそれにどのような影響を与えていますか?
・あなたにとって、それはそういう意味を持ちますか?
・問題は何でしょうか?
・ポジティブな発見はありますか?

<引用:http://www.nakahara-lab.net/2011/10/post_1802.html

「ポジティブな発見」が大切なキーワードになると思います。

※「本質的な諸相への気づき」への支援

「本質的な諸相への気づき」を促すための支援として「受容、共感、誠実、具体性、対立の概括、『今、ここ』の利用、物事を明確にする支援」などがあります。
<参考:http://files.eric.ed.gov/fulltext/ED266102.pdf P8>

 

ステップ4 行為の選択肢の拡大

ここの手法はいろいろ考えられると思う。

誰かと「リフレクション」をシェアしたり、図解して分析したり、ただひたすらに考えたり。

一応の概要として以下を紹介しておく。

  1. 学習者(リフレクションしている人)を巻き込む
  2. 学習者が選択肢を形づくる
  3. 選択肢を十分に具体的なものにする
  4. 能力や勇気などの観点からみて、選択肢は、十分にリアリスティック(現実に適合している)か
  5. 行為が何につながるのかを吟味する
  6. 別の場所にも適用できるように、一般化する
  7. 学習者が複数の選択肢の中から選択する

<引用:未来を創るリフレクションの力 F・コルトハーヘン氏のリフレクション学スペシャルワークショップに参加して - Learning journey - ラーニングジャーニー | MIKA KUMAHIRA

 以上をどのようにやるかは、この先考えていきたいことの一つ。

(そもそも、まだまだ「エピソード記述」書いていないのだから……。)

★「第四の局面」である「行為の選択肢の拡大」では

・別の選択肢としてどのようなものが考えられますか?
・それぞれの選択肢の利点と欠点は?
・次回はどのようにしようと決心しましたか?

<引用:http://www.nakahara-lab.net/2011/10/post_1802.html

※「行為の選択肢の拡大」への支援

「行為の選択肢の拡大」を促すための支援として「これまでのスキルの全て+解決策を発見、選択する支援」などがあります。
<参考:http://files.eric.ed.gov/fulltext/ED266102.pdf P8>

ステップ5 試行

ここは、ステップ1「行為」と同義になります。

これまでのステップ1~ステップ4を踏まえて、次なる「行為」へ向かうということです。

※「試行」への支援

「試行」を促すための支援として「学習プロセスを継続する支援」などがあります。
<参考:http://files.eric.ed.gov/fulltext/ED266102.pdf P8>

 

+αのリフレクション

さらに一歩進んだ省察についても書かれていた「メタ省察」という枠組みに入るそう。

「メタ」とは「高次」という意味があるため、「省察」のさらに「高次」なものいうこと。要は、「リフレクション」に対する「リフレクション」ということだ。

・私は何を学びたかったのか?
・私はそのことをどのようにして学ぼうとしたのか?
・私はどのような学びの瞬間に気づいたのか?
・その瞬間、どのように学んだのか?
・何が学びを手助けしてくれて、何が学びの邪魔をしたのか?
・わたしの学び方にはどのような問題点や長所があるのか?
・私の学び方以外の方法として、どのようなものがありうるか?
省察を終えたいま、これから先に直面するであろう学びの
・時期を乗り越えていくための方法として、どのようなものが思いつくのか?

<引用:http://www.nakahara-lab.net/2011/10/post_1802.html

「リフレクション」を行う際に気をつけるべきこと

「リフレクション」は、あくまで「今後に生かす」ために行われるものだと考えられます。振り返りの重さから、自分のダメさなどに目が行ってしまって、身動きできなくなることも考えられます。

しかし、それは、あくまで「省察」によって自己を深めたからこそ見えてきたものです。

リフレクションしていく中で、「自分はなんでこんな自己中心的なのだ」と落ち込んでしまう人がいる。しかし、それはリフレクションの目指すところではない。
大切なのは、ある規範意識に照らしあわせた時に”醜い”思考や感情、欲求を持っていたとしても、最終的に自身が行動を選択できるという信念を持ち、行動の選択肢を増やしていくことである。その意味で、リフレクションには敢然性への契機が含まれているなあなんて思ったりもするのだが、その話はまたさておき、いたずらに自身を追い詰めることがリフレクションではないということも忘れないようにしたい。

<引用:あるがままの記録: コルトハーヘンの「9つの質問」と陥りがちなリフレクションの罠

それこそ、その見えた「意味」や「価値」を基に、改善していけばいいのです。

 

以上で、今のところの「リフレクション」の【まとめ】を終わります。

 

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*1:エピソード記述の意義の一つのように「出来事のあるがままに近づく」という哲学的な意味ももちろんあるとして……。

*2:「内実=本当のところ」なので、「内実のようなもの=そのときに本当のところだと思ったもの」

*3:「クオリティ=質」

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