かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学。(旧:それでも幸せな人はいるから)

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会わなければ分からないことは「ある」

 昨日は電車を乗り間違えてスカイツリーまで行っちゃった「ハピペン」です。

 

「ふたせん」さんに会えました!

ブログは「人」が書いている【ハピペンさんと会ってきた】 - 小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜

 

激しい情報社会と言われるものの、その激しさは一般ピーポーからは観測不能な頃。*1

情報は無料、体験が有料と言われる時代。やっぱり、「会わなければ分からないことはある」。

そして何よりそれが楽しくて「快」だからたまらない。

今回あえて木曜日にしていただいた。たぶん似たようなことを「ふたせん」さんも思っていたのではないかと思う。

 

平日のアフター5に電車で1Hかけて会ったとしても、「快」があるってことに挑戦したかった。

生の人間ってそれだけ魅力だし、「楽しい」ってことも感じたかった。

結果は、やっぱり挑戦して大正解でした。ほとんど「ふたせん」さんのおかげでしかないのだけれど。

 

会わなければ分からないこと。ってのは、教育活動で言うところの、体験しなければってことに近いと思う。

それをふたせんさんは「背景」と表現されていた。それこそ体験学習の前に子どもに感じ取ってもらわなきゃいけないことだな、と。

 

全然話が跳んじゃうのだけど、4年のゴミ処理について話すとき、自分が一番楽しいのは昔のゴミの集め方を考えさせているときだった。*2

 

ふたせんさんに会って一番感じる魅力は……語ろうと思ったけれど、これを会って楽しんだ方がいいってわけだ。

 

ブログのトップにあるように、大きいというか強くて寛大な「志」のある人と感じた。

安心感のある受け皿。

 

そして、いろいろな人に会っているからこそ、何を質問すれば楽しいかをよく分かっていて、

 

「なぜ学ぶ?」

「どんな実践を?」

素敵な質問だなあ、と思った。

 

あとは、「着実性」を感じた。これは、苦手とされているようなことをおっしゃってたので、そう感じるってことは、学びの成果なのだろうなあ。

 

あとは、とても「潔く」、己のもつ価値観のために「真っ直ぐ」。それが、分かりやすく示されているから安心するのかもしれない。

 

すべて、自分にはないもの。「ふたせん」さんは「人それぞれに良さがあって学ぶうちに隣の芝の青さも薄れる」と言っていた。今後も学ばせていただけたら嬉しいなって思う。

 

最後に、全部置いといてすごいのは、今日って「金曜」がやっぱりそんなには辛くないってことなんだ。朝もスッキリと目が覚めるし(スカイツリーまで行ってしまっても)、今日が楽しみになってる。

 

そういえば、私は、その「人間って楽しい」「生きるって楽しい」って前提を子どもに伝えたいだけだったことも思い返せた。

*1:肉眼で空を見上げても成層圏の境目が見えないように。

*2:でも、歴史は嫌い。本当は覚えるのが嫌いだったんだろうなあ。考えるのは好き。

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