かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学。(旧:それでも幸せな人はいるから)

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「叱る」VS.「コーチング」&「怒りのコントロール」について

雨でズボンびしょびしょーーー!な「ハピペン」です。まあそういう日もあるよなって感じ。

 

今日は「赤坂先生の本」と「友達から紹介してもらった記事」の話。

「叱る」

今、自分は「叱る」ってことについて、揺れている。叱れない人間になってきてしまったのか?と。

いや、自分で気づいていないだけで、叱ってはいるのか?と。

 

大好きな、赤坂真二先生も、叱るは叱るで大切としている。

 この本で。

スペシャリスト直伝!  学級を最高のチームにする極意

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個性尊重の風潮が広まる中で、「ほめて育てよ」がいつの間にか「叱ってはいけない」になってきたように思ういます。人権への配慮でしょうか。
P74

 うーむ。

しかし、叱ると言うことは、怒鳴りつけたり脅したりすることではないはずです。叱ると言うことは「教育的行為」です。つまり、相手の考えや行動が適切な方向に向くきっかけになればいいのです。
P78

まあ、そこだよね。

要は、教育効果を狙って行っているならどんな関りも法律に反しない限りありなわけで、自分なりの考えがあるならばそれがベターだってことだろう。

怒鳴らない方がいいに決まっているのです。しかし、怒鳴らない方がいいということは、怒鳴ってはいけないということではない。
P84

とも書かれている。

今一度振り返ると、私の懸念は、毎日のように怒鳴りを連発していることなのだった。

 

そして、忘れてはならないのは「信頼関係」があるから叱ろうが、怒鳴ろうが大丈夫ってこと。

そして、叱るときの配慮も網羅的に書かれている。全体を怒鳴らないとか、みんなの前で叱らないなど。

 

「コーチング」

 

headlines.yahoo.co.jp

 

よく話していれば、叱ることも少ないってことだよなと思った。

ただこれは、個別のかかわりにおいてっていうようにも思って、やっぱり集団のときに「ドカーン!」ってのは、いるのかもしれない。年数回は。

上の記事でもそうだけど、愛や信頼関係があればそうそうはみ出さないんだよね。ただ、子どもだからはみ出すこともある。

そして、その愛からはみ出した子を注意するときに、はみ出していない子まで恐がらせる必要はないよねって配慮をしたい。

「決着」

基本的には、コーチングの姿勢でいいんじゃないかな、って思う。

ただ、手の一つとして「叱る」「怒鳴る」も必要。

ただ、やっぱり自分が怒鳴るのって自分でも怖いんだよね。

普段怒らないから余計怖いとも言われるけど、私は短気でいつも怒っているように見えるとよく言われた。

ただ、いろいろ経験があって、今はとてもそうは見えないって言われるのだけど、これはハッキリ言ってハルクのおかげだ。

映画「アベンジャーズ」で、ハルクのセリフ。

確かインタビューか何かで「どうやって怒りをコントロールできるようになったのですか?」みたいな質問を受けていて、それには答えなかったのだけど。戦いの中でこう言う。

僕の秘密を教えよう 、いつも怒ってる」

と。

私は「それに気づくと怒りをコントロールできるのか」とめちゃ納得した。

私は、怒っていない状態から、怒っている状態が生まれて怒鳴るのではないのだな、と。

いつも怒っている。じゃあ、改めて怒る必要もないなと出し入れできるのである。ようは、怒りがスイッチではなく、ボリュームコントローラーになるようなイメージ

 

だから、反対にハルクのようにいつでも"怒る"ってこともできる(のかもしれない)。

ただね。子どもたちはみんなお利口で、そういうシーンがないってことにしておこう。 

アベンジャーズ (字幕版)

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