かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学。(旧:それでも幸せな人はいるから)

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【いろいろなプロ】自分は何者なのか。どう在りたいのか。

今日も本を売ったり、不要品を手放せたぞ!っていうハピペンです。まあ、ところが物が減った気がしない(笑)

 

今日は、この土日で感じたいろいろな人の「プロさ」をまとめておく。

 ※「プロさ」とは、プロだなあと感じることである。

 

【デパート】

デパートのプロさって美しいと個人的に感じている。

お客様目線への濁りが一切ない。全身全霊という言葉がよく似合う。

 

地下でお菓子を買って、渡す用に包装紙に名前を印刷できるというので、お願いした。5分ぐらいかかるということで待つ。

5分ぐらいしてテナントの前に行くと、バックヤードから店員さんが走って登場した。

「お待たせして申し訳ございません」と言われる。

「いいえ。いいえ。」

(「それにしてもコーナーがきれっきれだったなあ。デパートの中走っている店員さん初めて見たなあ」なんてことを思っていた。)

ルールの善し悪しはさておき、そのお客様優先のプロさを感じた。

あとで注意されるかもしれない、本当はいけないのかもしれない。けれどお客様のメリットを考えて全力なのだ。

 

その人「中・高と

 

陸上部で、仕事に好きだったことを生かしているんです」なんて話だったらなお面白いと想像した。

 

自分も自分らしさを生かしたパフォーマンスをしたい。

 

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【飲食店】

すごい女将さんのいる店に入ってしまった。その日は宴会でもう閉めようって雰囲気だったみたいなのだけど「いいよ!いいよ!お腹空いてるんでしょ?そっち座んな」とか言われちゃう。

 

応援しているアイドルの話をされたり、お店でお客さんたちと歌を歌っている動画を見せてくれたり。

 

楽しんで仕事をしているのが伝わってくる。

 

おそらく「飲食店」としての強いポリシーがある。

そこがぶれないから、あとは「ユーモア、エンターテイメント、笑い、ゆとり」などをほどよく付けたしていて、客の方もリラックスできたり、安心感があったり、気持ちが解放されるような感じがした。

 

返報性の法則も強く感じた。

先にウェルカムな態度を取られると、こちらも、心を開ける。ここはそういう場なんだという構えになる。

絶え間ない笑顔と「いいよ」っていう受容。この雰囲気を出せる自分でありたい。

 

【90代で生き生きしている人々】

『もやさま』を見ていて、登場した「99歳のおじいちゃん」と「95歳のおじいちゃん」がすごかった。

 

99歳のおじいちゃんは、戦争から戻って、靴屋さんを経営していたそうなのだが、1月前くらいから将棋ブームがくると予測し、将棋倶楽部をつくったそう。

99歳からはじめる新しいお店ってすごい。自分では想像もつかない世界。

 

何歳になっても新しいわくわくチャレンジは始められると強く思えた。

自分なんてまだいくらでもできる。

「やりたいをやれ!」って自分にビシバシ言ってやりたい。

 

95歳のおじいちゃんは、最高齢ラッパーだそう。もともと吹奏楽をやっていて、自身も歌いたくなり、なんと「75歳」で作詞作曲を自分で行いデビューしたそう。

 

すごい!

自分も歌いたい気持ちはあるけれど、才能を出し惜しまないで歌うってことが全くできていない。

路上ライブをしたいと何度も思っても、一度もしたことがない。

 

強い思いがあれば「75歳」になっても、大きな一歩を踏み出せるみたいだ。

 

自分だって、いくらでも踏み出せばいい。結局本気で思ってないから、やらない・できないだけだろ!って自分を蹴りたくなる。

 

このおじいちゃんたちは「生きるプロ」だ。

自分も「生きることを楽しみ尽くしてる『生きるプロ』」だと思われるような存在でありたい。

 

90代のおじいちゃんたちが与えている希望に輝きを感じる。

それは、その年まで生きてきたから生まれてくるものだと思う。

少しでもそこに近づきたいと思いながら生きていきたい。

 

教師と子どもで「学校を楽しむ、楽しませる、楽しくする」。こういうスローガンを忘れないで子どもと接したい。

 

さて、明日だ。明日もまず朝の会で笑顔で話そう!

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