かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学。(旧:それでも幸せな人はいるから)

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「罠・挑戦状・お試し行動」を見極めろ!

最近、ハピペンは哲学的だからなあ……と言われる「ハピペン」です。ちょっと悩み化しそうだなあ。親しい人に聞くと「それは誰も傷つけたくないからじゃない?」と言われたが……。週1くらいで言われてしまう。気をつけたい。

 

今回言いたいのは「それでも小学校のうちくらいは子どもをよく見てあげたい!」ってことだ。

 

みんな、よく見ていると思う。そうだとして、それでも言ってみる。そこから見える世界はあるかもしれないから!

 

運動会の練習中、前で指導をする先生が話す中、砂いじりをしながら「ハピペン先生~」と甘えた声で呼んでくる子どもがいた。

 

こういうときどうします???

 

浮かぶ選択肢が3つ。

  1. 注意して正しい振る舞いを促す。
  2. 教育的無視をする。
  3. 周りを誉めて行動が改善されたらすかさず誉める。

 

ありがちなのは「1」だ。

動機は人それぞれだろうが「2」で流すときもあるだろう。

 

今回、私は「3」でいった。

 

私たちが「なぜその指導をするのか?」には、教育的意義・価値が求められると思う。

 

目的論で考える

やはり、目的論で児童の行動を捉えるフレームは便利だ。

 

私は、こうした、ちゃんとしなければならないときにしない児童は、

  • 正解が分からない。
  • 内容が分からない。
  • つまらない。暇。

などの理由があると思う。

 

そうした児童が求めたものが「構われよう」ということなのではないかと考えた。

 

今回の児童の目的は「構われたい」ということである。

「2」以外は正解になる。

「1」も「3」も、児童を構っている。

 

問題は、その構い方によって「手段が強化される」という点だ。

 

その場に相応しくない対応をして、欲しいものが得られれば、次もその手段で欲しいものを得ようとする。

その場に相応しい対応をして、欲しいものが得られれば、次もその手段で欲しいものを得ようとする。

 

本来であれば「自分がよりよくなりたい」という「内発的動機」が望ましいが、クラスにはいろいろな発達段階の子どもが混在している。

「誉め」というプラスのストロークによる「構い」といった「外発的動機」によって、意欲が高まる子もいるのは仕方のないことだ。

 

そういったことを意識しながら配慮をすることで、全体の士気を上げていきたい。

 

問題なのは、教師は当たり前の相応しい姿を四六時中目にしているにも関わらずそういったときには構わないという点だ。

 

だから、誉めて育てるのが大切と言われるのだろうが、四六時中目に入った良い姿を誉めた方がよい。

 

前にデータで見たように、誉めも叱りも多い方が自己肯定感は高いという結果が出ていた。

 

つまりは「構え」ってことだ。そして、構うなら「相応しい振る舞いのときに構え」ってことだ。

 

「構い」に対するレートは、この価値観の多様化に、日本国民全員が飲まれている中ではぐんぐんと高騰中だ。

親も自分の価値観を優先していて、大人にとって都合がいい子、聴き分けがいい子が承認の対象になるため、子どもは満足に「構い」を得られていない。

構われているとしても、その構いの対象は子どもが構われるためにこしらえた「虚像」なのだ。

 

本来的な自分が「構われていない」というストレスは、どこかしらで滲み出る。

 

だからこそ、構われるための「罠・挑戦状・お試し行動」には、プロとして上手に対応していきたい。

 

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学校に療育の考えを入れると、教師は自信を失くすと、大空小の元校長の木村先生がおっしゃっていたが、療育の考えを入れないで、子どもの自信がなくなるのとどっちがいい?と考えたい。

 

変われる人が変わろう。

 

親しみやすい先生に子どもが子どもを発揮して挑戦状を出してくることがある。

無視するでもなく、上手に受け取ってあげたい。

 

子どもは、あなたが伸ばしてくると信じているから話しかけてくるのだ。

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