かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学。(旧:それでも幸せな人はいるから)

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【ブリーフセラピー】「誰がどのように困っているのか?」【1日目】

台風でも電車が動いてればいいよ……うん。ってな感じの「ハピペン」です。

 

昨日は「ブリーフセラピスト養成講座」1日目でした。

 一生使うであろう知識だと思ったので、真面目に学びにいってきました。

一日話を聞いていてもわくわくが消えない!

やっぱり好きな考え方なのだろうなと思いました。

 

ブリーフセラピーとは

問題の原因を個人病理に求めるのではなく、問題は他者との関係(相互作用)のなかで維持されているという見方のもと、コミュニケーションの変化を促して問題を解決していこうとする心理療法です。

Interactional Mind〈8(2015)〉より

個人の問題とされないところがいい!!

 

背景にある3つの理論

  • システム理論
  • 構造主義と社会構造主義
  • コミュニケーションの理論(語用論)

背景に3つの理論があるということは知らなかったよ。

この3つがあると、個を集団や環境の中の個として見ることからブレなそうだね。

 コミュニケーションの語用論も面白かった。

 公理が5つあり、そのうちの「コミュニケーションの第3公理」が面白かった。

関係がどういう性質をもつかは、コミュニケーション当事者間のコミュニケーションの流れの区切り方(パンクチュエーション)で決まる。

というもの。

講義では「句読点で決まる」と表現されていた。

私は、この考え方は人生そのものだと思った。

人生の快も不快も最後まで分からない。

「長く生きると人生には良いことも悪いこともあったというよりは、ただ出来事があった。」という言葉を本で見てずっと覚えている。その通りなのだと思う。

一部分で切り取ってしまえば人生は意味合いが変わってしまう。

その刹那でコミュニケーションや時間を切り取って考えることで、苦しませてしまっている誰かがいるかもしれないのだ。

「区切り方で意味合いが変わる」子どもを見るときにも大切なことだろう。 

 

講義の中で私が推している考え方も出て来た。

分からなかったら子どもに聞く。

この言葉は、実はブリーフセラピーの講習や本で見たものだったのかもしれない。

 

もう一つあって、私は「人は気持ちの良いことしかしない」というのも子どもを見るときに大切にしているが、それを表すような言葉も出て来た。

疾病利得。

"それ"(病気やよくない行い)をしていることで得られる利益があるということだ。

 人がある状態でいたり、ある事をしたりするには、そこに本人なりに感じる良さ(快、利得、現状維持、他の手のよりは負担感が少ないなど)があるから、それが起こっているということだ。

 

ブリーフセラピーの基本哲学

1.Do different:MRI(Mental Research Institute)アプローチ

「偽解決行動の悪循環を見立て、新たな行動・対処パターンを創り出す"Do different介入"を行うアプローチ」。  

Interactional Mind〈8(2015)〉より

ある問題を実際には解決できていない「偽解決」によって、利益を得ている比較的良い状態が少ない状態の「悪循環」からどう脱するか。

 

2.Do more:SFA(Solution Focused Approach)アプローチ

すでにある解決行動としての例外を探り、良循環を見立て、例外行動を広げていく"Do more介入"を行うアプローチ」。

Interactional Mind〈8(2015)〉より

悪循環の中の良い状態を「例外」として見つけて、「良循環」をどう拡張するか。 

 

以上がブリーフセラピーの基本哲学である。

 

「誰がどのように困っているか」

講義を聞いていて「今、ここ」に注目する技法なのではないかと考えた。これもブリーフセラピーの良い部分だ。

 

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「誰がどのようなことに困っているのか?」このフレーズが何度も繰り返された。

 

ブリーフセラピーは、困っていることを解決するために介入する。

 

めちゃあたり前だが、「困っている」から発進するというのは重要だ。
「後々、困りそうだから」という発進。フライングはしないのだ。

 

ということは、「困り」を引き出すための「質問」が重要になるのかもしれない。

 

そして、大きく反省したのだが、そのためには、パイプになっている人の記録が不可欠だ。関わる周囲の人たちの言質を取り続ける必要がある。

 

私が、関わったケースで大変だったことは何だったかを振り返ってみた。

それは「困っている人」が、登場人物の中でころころ変わることだった。

 

はじまりは「教師」だったと思う。そのとき、介入されるべきは教師だったのだ。

そして、そこから「教師が困っているから助けてほしい」という家庭への介入が必要だったと考えられる。

しかし、学校というのは恐ろしいところで「教師が困っている。困らせる子どもが悪い。だから家庭に協力してほしい」という角度で介入することがある。

 

そこから大きな軋轢が生まれる。

その学校不信スタートを改善するのにかなりごちゃついてしまったのだと思う。

 

上に書いた「ブリーフセラピーとは」にある

問題は他者との関係(相互作用)のなかで維持されているという見方のもと

というのが、本当に重要だと思う。

見方が固定出来ていなかったのだ。

その後、出来事に応じて「困っている人」が、その都度移っていく。「母親」「子ども」「また別の教師」「周りの子ども」「地域の人」「父親」「兄弟」「SC」「医療」「子ども家庭支援」など。

そして、その都度の「偽解決」が仮固定され、その場しのぎ的にはどんどん良くなっていたが、根本が改善されていかなかったように思う。

 

もうなんか、ライアーゲームみたいになってきているのだけど。

 

  • 「一番困っているのは誰か?」
  • 「どこから手をつけるか?」
  • 「解決したと思える状態は何か?」

 

これらを上手に仮固定できていなかったのだと思う。そして、それを登場人物たちの中で共有しきれなかった。

特に表に出てこない登場人物もいたというのもある。それを引き出せなかったのも問題だった。

 

今、強く思える一つの結論

それは「困っている人を中心に考えるとコミュニティは優しくなる」ということ。

そのために、3つのポイントを考えてみた。

  1. 全体で困っていることを洗い出す。
  2. それらが「どういう状態」になっていると思えるか、現実的な解決のゴールを仮固定する。
  3. そして、これらは、すべて「子どもの最善の利益のために」という方針で話し合われ、解決の優先順位を見極めていく。

そうすれば、ズレなく介入を進めることができたのかもしれない。

 

結局、そこにいる「人・人びと」が困らないためにできることを見つける。

それだけでいい。

 

理論によって深く学ぶ体験をした1日目だったように思う。

他に検索によってこんなワードも知ることもできた。

サインズ オブ セイフティ アプローチ - Google 検索

(Signs of Safety Approach:世界最先端の児童虐待のケースワークの方法論らしい。)

専門知識がないと(あっても)難しいことへの取組だったのだと改めて思わされ……子どもを本当に救うには知識が必要だと実感させられる。

 

知りたいこと、知らなきゃいけないことは、まだまだあるのだ。

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