かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学。(旧:それでも幸せな人はいるから)

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【3つを大切にする】「あれとこれと……あれ?あと1つ何だっけ?」

 

ど忘れがマジでやばいよ!な「ハピペン」です。誰か足つぼでも漢方でも何か打開策を知っている人は教えてください。

 

全校行事の最後に「3つ!話します!」と威勢よくスタートし、2つ話したところで1つを忘れる。

 

そこもご愛嬌……「ハピペン」らしさ……っちゃそうなのだけど、逆に真剣に聞いてくれていて笑いなし。ヤバイ!って思ったが、今回は思い出せた。

 

「失敗していい!」

「やり直していい!」

 

だけど、それがツメの甘さだったら、怠慢だなあ。

 

「3つ」という意識

事象の理由や要素を考えるときに「3つ」出す練習をよくしている。

 

20代前半にこの本を読んでからそういう癖が付いた。

考え・書き・話す3つの魔法

考え・書き・話す3つの魔法

 

 売ってしまったみたいで、家になかったのだが、amazonのレビューでは、"3つにすると「優先順位」「リズム(覚えやすい、喋りやすい)」「広がり(余韻が生まれる)」ができるとの指摘です。"とあった。

そうそう、そんな感じ。 

 

ただ考えが浮かんだときに「2つ」くらいなら韻も踏めて良い!と思えることも「3つ」となるとなかなか出ない。

 

2つだといつも何かを見落としているような感じがする。

 

3つから選ぶ

ある子どもが話すとイラっとする。もう重症だが、その教師の気持ちも分からなくない。

 

なぜだろう?と考えてみる。

 

理由が3つ浮かんだ

  1. 文脈のなさ
  2. 声が大きすぎる
  3. 敬語でないこと

 

このどれか一つでもクリアされているとイラつきはずいぶん少なくなるように感じた。

 

しかし、3つが揃うとBINGO感、グサリ感、ヒット感がすごい。

 

「仏の顔も三度」までを一度に使い果たすイメージ。

受け手の「感情コントロール力」が試されるところだ。

 

(話が逸れるが、やはり多様な子と過ごすことには、メタ次第で様々な学びがあるなあと思う)

 

上の3つの話し方の何が問題かといえば、誉められるところ(誉めやすいところ)が、ないと感じやすいところだ。

 

本当は「声が大きい」はリソースだ。けれど、感情で子どもを見ている教師は、それを生かそうとは思わない。「私にとって『不快』」だから、その子の力が陽の目を見ること、生かされることはないのだ。

 

そして、3つからどれなら働きかけて正し得るかを考えた。

言い換えると、その子が「学べそうなこと」は「何か?」を考えた。

 

「文脈」は、周囲の情報を感じ取りにくい特性があるから起こっていることなので、ボトムアップの指導(緩やかな変化)が必要だと考える。

 

「声の大きさ」は、感覚の特性から、自分の声のフィードバックが弱いからだと考えられる。

 

「敬語」は……「あっ、いけるかな?」と考えた。トップダウン(教える知識で)良い効果がありそうだ。

 

「大人には『なの?→ですか?』」といった感じに知識でいける。

 

そして、周りの大人も変化が感じ取りやすいだろう。

 

これを皮切りに「良循環」を生み出せるといいが……。

 

やはり「3つ」という視点から、目前の対処だけでなく、突破口が見えることがあるようにもある。3つで初めて面になるもんね。

全然ダメなら責め倒していい「だって絶対その子が悪いから」という、個別の問題への矮小化を食い止めるための考え方をいろいろ見つけたいのだなあ。

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