かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学。(旧:それでも幸せな人はいるから)

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ズレからの脱出

昨日はタスクが多かった「ハピペン」です。

免許の住所変更、病院に行く、買い物に行く等々。

 

そして、10/2。この日は疲れからか、自分が上手くいかない「ズレ」のようなものを感じた。

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免許の住所変更の警察署は間違うし、腎臓の調子はよくないし、キョウサイ落ちてるし、自転車は止めたまま忘れるし、道に穴があってつまずき、終いには雨も降り出す。

そして翌日。つまり今日。「ズレ」は続く。

定期は忘れるは、原付に乗ろうとしたらナンバーが付いてないわでズタボロに。

こういうとき指導に口出しされたら、キレるか、メンタル折れそうだなと思った。

 

とにかく、上手く回らない。こうして捉え直すと、すべて全く自分の所為なので本当はなんとも言えない。

元気がないというか、疲れているというか、ピンと来ない。しんどい。

 

けれど、学校へ行く。

 

朝、6年が入ってくる。いつもより挨拶の返事が弱い。君もそうなの?っていうかオレのせいか?と思って、明るめのトーンで話してみる。「どう月曜日!元気?!」みたいな。月曜休みの火曜日に言う渾身のギャグ(今日使いまくったけど、誰もつっこまずだったなあ)。

二人目、5年もいまいち。マスクまでしてるし。おいおいおいおい。

いや、そういう次期なのか?季節の変わり目。オレも陽気に影響されているかな。

 

三人目、

2年「おはようございまーす!あれーなんでまだ運動会なってるの~?」

 

「おっ!いいね~!君元気だね~」

 

相変わらずのクオリティ。入った直後に目に入った物に大声で反応する。素晴らしい。

君のいいところは、その「変わらない元気だ!」と少し気持ちが回復する。

 

「うん、なんでもいいよ。それでもオレらは共に生きているし、ここにいていい。」そんなことを思う。

 

こちらが違った気持ちでいるなら、また彼らについて違った見方を出来るのかもしれない。いろいろなメンタルで子どもと関わることが面白さの奥行を増やすと思った。

 

午後にはほぼ回復する。

生れてはじめて2年が牛乳を飲み干して、給食完食のシールをもらった。奇跡だ。そして勝手に自分へのエールな気すらした。子どもは頑張っている。よく分からないけれどその子自身のために、そしてその姿を私に見せるために。有り難いことだ。生きるエネルギー!すごい!

 

あと帰り際に急に5年が今日一日を1Hずつのふり返りを語り始めた。

そして最後に「今の6Hが一番楽しかったです!!」と言って帰って行った。

なんだかこれもよく分からない。だけれど気持ちが支えられる。有り難い。

 

自分が嘆いている今日も、誰かにとっては記念日。いい!そうだよ!私が楽しんでいた日に、苦しんでいた人もいるのだ。

 

それでも幸せな人はいるから。

 

今日も、誰かにとってこの地球は素晴らしくて、誰かが幸せならとりあえずよかった。それが目の前の子どもならなおよい。

 

いくらアンラッキーだったとしてもね。

もう次のラッキーは始まっている!ってことだ。

欽ちゃんもこう言っていた。

10/2「いちばんつらい選択肢に運は隠れている」と。

まいにち運がたまる!  欽ちゃんの日めくりカレンダー ([実用品])

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