かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学。(旧:それでも幸せな人はいるから)

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【DAFLが終わる:最終回#12】「DAFL」と「旅立ち」と「ツヨガリ・ファンファーレ」

DAFLは言うなれば恋。

DAFLという集合体・集合知への「恋」、「憧れ」「トキメキ」「嫉妬」いろいろな愛が湧いたように思う。

 

最新の自分に出会う。

その自分を受け取ってくれる人たちのおかげで自分に出会えた。

 

借りぐらしのアリエッテイの最後のセリフ(若干ネタバレで申し訳ないが)、「君は僕の心臓の一部だ。」この言葉がピタリと当てはまる

(重い重い重いって言われそうだが)。

 

ただ、"すべて"ではなく"一部だ"というところに、力強さを自分でメタして感じる。

私は私で歩き始めるってことだ。

 

それが「旅立ち」。

 

DAFLの翌日、天気が良すぎた。この行き先があることもDAFLで出会った人のおかげ。

 

こんなに心地よい日に出会えることはすべてDAFLのおかげ、そこにいる一人ひとりの人生のおかげ、その人生に携わっていたすべての人のおかげ。

これは、これは結局、全人類、地球、宇宙史全部つながる話なのかもしれない。

この自分に乗っかっているもの(勝手に載せたもの)への感謝を忘れずに歩き出す。歩き続けよう(次にエネルギーが切れるのはずーっと先だろう)。

 

この微細な脳細胞が出す幸せ物質は、紛れもなくみなさんの一部なのだろうと思う。

 

この一粒に出会うために人は生まれ生きていて繋がりたいのかもしれない。

 

生まれた理由まで(それもインストールして生まれるようにしとけよってよく思うが、それすらコミコミなのだろう)。

 

だったら生きるしかないってことだ。

私は「人は生きてさえいれば必ず幸せに成功できる生き物」だと信じている。

 

その人を生かせなかった「誰か・何か」があるってことだ。

環境が鍵って話。

 

ただ、ここまでくると、この心地よさが愛しすぎて、次の曇りの日にはギャップで苦しんでいそうだ、そんな不安もよぎる。

 

DAFLの帰り道中ずっと頭の中で鳴っている曲のファイルが見つからなくてモヤモヤだったが、朝、出かける寸前に見つかる。

 

『ツヨガリ・ファンファーレ』:LiSA

イメージにピッタリ。

本当はまだ不安かもしれない。でも全然行けなくない!!

思い出が綺麗すぎるノートが開けないんだ
ちゃんと好きだったんだから
今はとりあえず進もう

 

私たち似てなんかないけどそれが良かった

当然じゃないキセキなら一つ一つ全部嬉しいから

 

悲しみに溺れてしまいそうでも仕方ないから

忘れちゃうくらい勇ましく

高く鳴らせ ツヨガリのファンファーレ

 

迷路のような森の中のどっかで

また出会えたら運命も信じちゃうかな

今は考えるのやめとこう

 

Good,bye see you again.

"Thank you" to you my dear.

Good,bye see you again.

I'll never forget all our memories.

とりあえず このまま進もう

本当のありがとうの一つに出会えた!!大感謝!!!

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