かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学。(旧:それでも幸せな人はいるから)

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【DAFL#12】シゲキをキヅキに。そしてマナビへ。

氷山モデルの下に何があるか、自分では分かるのか?認知しても怒りたくなるときは怒ろう!とも思っている「ハピペン」です!

 

新章突入的な3日間を終えたが、進み続ける前に前に一旦、「DAFL」を着地させよう。

 

DAFLとは

リンクを貼っておく。
神経科学でいかに現場を変革するか:DAE Letter, May, 2017 – DAncing Einstein Lectures

 

「DAFL#12」での学び

1.親子のことは歳をとってから解決することもある。

そうだ。だからこそ、親子で人生がつまずくと、自分を生きにくいなと思っている。それは持っていていいよ、そのまま持ちながら後で解決できるよ、と言ってやれる他者が重要だと思う。

歳をとって分かるのは、良い出来事や悪い出来事というものがあるのではなく、ただ出来事があった、ということだけというの言葉を本で読んだことがある。その通りだろうと思う。

だからこそ今を楽しめる方へ。

 

2.子どもは好きな教師から学ぶ

リタ・ピアソンも似たことを言っている。

子どもをちやほやして好きになってもらうのではなくて、安心安全に学ばせてくれるような魅力があるから好きってのだといい。

子どもたちにとってどんな先生か?は、子どもたちはできる限り、前向きに解釈してくれると思う「先生は怖いけど、私たちのこと思ってそうしてくれてるんだよ」と。

じゃあ、本当に好きか?と問うても答えは変わらないかを考えたい。

本当はここはこうしてほしい、あそこはこうしてみてほしいといろいろあるだろう。

私はどんな教師が好きかと言えば、話を聞ける教師が良いと思っている。

そうやって、意見を聞いてもらえる教師なら、対話をして、擦り合わせられ、よりよい学びにつながるのではないか、と思う。

あくまで、私の価値観だが、自分が意見を言える場か?というのは安心安全に関係あると思う。

 

3.感謝に質があると知る

こんなにも溢れる感謝の思いには、そうそう出会えないだろう。本当のありがとうの場。

ありがとうにもいくつか種類はあるのだろうと思う。もしかしたらそれは幸福の種類に似るのかも。

DAFLでは、自分が場に溶け込むような、深い感謝が湧いた。今ここに在ることへの喜び、完全さのようなものに近い。

それはそうだ、これだけの人が長く時間をかけてエネルギーを注いでいる学び場なのだから。

 

4.嫌だと思う人がいない

DAFLはすごい。人々が結びついて参加しているからか、嫌な気持ちを感じる人がいない。

どの人も好き。

ある一定の関心によって集まっているからだろうか。

たとえば、私は「内省」に関心があって、みんなが自分帰着で考えられるからだと思う。

「私だったらどうだろう」と考えてくださる。

その真剣さが温かい。人生には正解がないから。だからみんなで思いやるしかない。そんな空気感がぬくいのだと思う。

 

5.興味・関心が嬉しい

こんな私に最高に嬉しいコメントをくれる皆様。嬉しい。

誰かに何かが響いてアクションをもらえることは!結局めちゃ嬉しいことだ。

なんでかはよく分からないけれど「自分がそこにいてよかった」って感じがそうさせると思う。

何度か話題に出ていた「自分はここにいていいのか」という問い。私は「いたいから」という理由でただありのままいることを選んでそこにいた。

そしてまたそこから生まれるものがある。

正解はみんなの中にあるから、別に誰も間違いになりっこないのだけどね。

 

6.一人ひとりの人生が前提で成立する学び場

対話にはいくつか種類があると聞いた。

  • 戯れ的なおしゃべり。
  • 相手の前提や背景を理解するもの。
  • 相手の前提や背景を理解し合い、共通な部分を探してお互いの考えを落とし込むこと。

DAFLで発せられるすべての言葉に一人ひとりの背景が乗っかっている。

だからこそ、強い、温かい、心に響く、重力を感じる。

人間力というやつかもしれない。

誰もにそれがあることが分かる。

人間一人ひとりの重さに、また感謝が湧く。

気づけば、隣の芝はそれはそれで大切な芝の一つだった。少しも青くない。自分と同じ大切な一つの芝だ。

 子どもたちも唯一無二の一つ一つ。自分の教育観に合わないから、自分の思う学校に合わないから、学習指導要領に書いてあることを学べないから、怒鳴るって選択肢はやっぱないなって思うし、人権侵害じゃないの?って思う。

次期改定のこの辺をどれだけの人が気にしてくれるだろうか。

今回の改訂では,特別支援教育に関する教育課程編成の基本的な考 え方や個に応じた指導を充実させるための教育課程実施上の留意事項などが一 体的に分かるよう,学習指導要領の示し方について充実を図ることとした。

(中略)
このような障害の種類や程度を的 確に把握した上で,障害のある児童などの「困難さ」に対する「指導上の工夫の意図」を理解し,個に応じた様々な「手立て」を検討し,指導に当たってい く必要がある。

また,このような考え方は学習状況の評価に当たって児童一人 一人の状況をきめ細かに見取っていく際にも参考となる。

その際に,小学校学習指導要領解説の各教科等編のほか,文部科学省が作成する「教育支援資料」 などを参考にしながら,全ての教師が障害に関する知識や配慮等についての正しい理解と認識を深め,障害のある児童などに対する組織的な対応ができるよ うにしていくことが重要である。

正しいってなんだよってつっこみはあるけど。

教育支援資料のリンク

教育支援資料:文部科学省

「第3編」の該当する障害種を見るだけでも参考になる。

 

7.他者に興味をもつことと自分に興味をもつこと

人は他者に興味をもって自分を学ぶ生き物。

「他者がどうか?」と考えられるということは「じゃあ自分はどうか?」という話でもある(ここに言語の力がいることと、ここにアクセスできない子の障害の重みを改めて感じる)。そう、自分を棚に上げずに考えられる場がDAFLだ。

他者に興味をもつことが自己拡張につながる。

自分の思う自分だけではなく、他者を通じた自分を見いだし始める。

それはやがて、地球とつながるのかもしれない。ここに生まれた自分としての自分に気づける日が来るのかも。

 

8.継続と積み重ね。本気度、折れなさ、諦めなさ、思いつきでなさ。その種は誰かの中で咲く。水は自分であげなくてもいい。他者と時間と経験の水もいる。

ブレブレになることもある。ただし、そこに複数の他者がいれば、比較して自分を突き止めることができる。

「比較」は重要である。

その本筋を履き間違えて、自尊感情を下げることにつながってしまったからか、比べることで妬みいじめが起きたからか分からないが「比較すること」は、割とタブー気味だと思う。

しかし、その嘘に気づけないと人は先に進めない。

「世界なら一つだけの花」では、納得できなかったのだ。

世界に一つだけの花だからそれでよしとは思えない。

私たちは、他の花と違ってどう違うのかを知る必要があるのだった。

それは、単純に私たちが「人」だからだろう。社会的な動物だからだろう。

そうそう、結局、DAFLは、自分の脳と向き合って、自分が人間であることを確認できる場だったのかもしれない。

その人間って何かってのは「自分は人と人との間、つながりの中を生きているって自覚をもっている者」といった感じ。

そして周囲に埋め込んだ信念は、どこかでまた違う人からの言葉や体験を経て結びついて学びとして深化することがある。

そういう感覚を覚えた学び場だった。

 

さあ、締めよう。

最後に何が言いたくなるかっていうと、まあ、これも結局「ありがとう」なわけだ。

皆さまの命とその超温かな命たちに出会わせてくれた自分の命に。

ありがとうございました!!!!!

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