かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学。(旧:それでも幸せな人はいるから)

スポンサードリンク

【自分で自分をコントロールするときにこそ自由がある】ジョン=ジャック・ルソー『エミール』より(つづき)

Amazonでサイコロ8個を頼んだらサービスで15個ついてきてビックリした「ハピペン」です。サービスは過剰なくらいで丁度いいのかもしれない。倍近く。そうしてやっと、感動が生まれる。利用者の心が動かされる。

www.amazon.co.jp

 

読書の続き。

 

www.happypenguin.net

 

ルソー『エミール』 2016年6月 (100分 de 名著)

ルソー『エミール』 2016年6月 (100分 de 名著)

 

 を読み終えた。

 

いやまったくなんて素敵な本なんだろうと思う。

 

最後の段落は「現代日本に『エミール』を生かすために」なんだから。素晴らしい。

 

「ハピペン」にとって最高に響く哲学

〈ただ欲望を解放したり、他人からの評価や承認を求めて右往左往したりするのが自由なのではない。欲望をコントロールする良心をもち、集団や社会にほんとうの意味で役立つには、と問いながら、しっかりと「自分の軸」をもって生きるとき、人は初めて自由だといえる〉

P120

「ハピペン」は好き勝手に生きてきた。たくさんの人を傷つけてきたと思う。

だからこそ、こうした言葉が刺さる。私は不自由だった。好き勝手に生きていたにもかかわらず、自分が嫌で仕方なかったのだから。

 

子どもに伝えたいことも著者が言語化してくれている。

もっとも大事なことは、自分たちの場所は自分たちで主体的に運営していくという、自治の経験をつんでもらうことだ 

P121

 そうそう。結局大人がなんとかしてくれる、良い世界にしてくれるんでしょ?ってのは間違いだ。ただ、そこを意識できそうな子どもを育てられているかというと疑問が残る。まるで口を出すなって感じに締め付けているから。

どの子も同窓会に呼ぶかどうかを決めるのは教師ではない。教師が管理している安心安全では、本当の意味で他者を気にする機会は少ないのではないだろうか。

「いや、誰かやってくれるんじゃない?」では、誰かが置いて行かれていることにきっと気づけない。

 

そして「自分たちで」という力をつけるには「主張」「表現」する力や経験も重要だ。

 部活やクラスなどのさまざまな場面のなかで、互いのいろんな思いや都合を声に出せるような、安全・安心な雰囲気が必要があります。

そういう安心・安全な雰囲気をつくるには、出てきた声を――賛成・反対をいうまえに――ちゃんと聞いて受けとめようとする姿勢が大切です。

わからないことがあったら尋ねてみる
(「そこのところ、もう少し説明してくれる?」)。

自分の理解が正しいかどうか確かめてみる(「ねえ、君の意見は〇〇〇ということだと理解したんだけど、それであってる?」)というような技術が有効です。

P121

コミュニケーションは技術だ。後付けできる。とても示唆に富んでいる。

正解かどうかの前に、やってみる、採用してみてトライ&エラーでいくっていうのは、「インクルーシブ」においても重要な考えだと聞いた。

共感して聞く、受容していなすのではなく、とりあえず採用して実行することで、所属間が生まれ本当の意味での共生・包摂といえるのだそう。

 

こうして互いの意見と思いを受け止めあえる場ができると、発見が起こります。

P121

これもとてもでかい。

最近、「共感より発見」という言葉を大切にしているが「発見」は「共感の先」にあるようだ。共感から一歩進むことを意識してみたい。

「えー、君はそんなこと思ってたんだ!」

「ぼくはこうすればいちばんいいと思ってたけど、それだと困る人もいるんだね」というように。

哲学的な言い方をすると、他者理解の進展によって自己理解が刷新される、ということが起こります。

P122

私がテーマで扱いたいことが書かれている。

他者理解からこそ、深い自己理解につながりうるということ。 やはりそうなのだと思う。脳科学的には、まだ解明されていないロジックだということだが、ミラーリング、モデリング、サンプリング、投影、同一視などもろもろの効果からあり得ることだと思う。

 

この本の著者「西研氏」は引用で「土井隆義氏」を挙げており、私の着眼点に似たところがあるのだと思う。だから共感したくなる書かれ方が多かった。

 

そして、私が「在り方」が重要だと言っているところにもつながる「軸」についても言及されている。

文学作品や哲学や社会問題などから興味のあるテーマをとりあげ、それについての各人の考え方や価値観を交換できる対話の場がもてるならば、そのころは、一人ひとりが自分なりの生き方の「軸」をつくっていくことに寄与するだろう

P123

もうまさにその通り。「対話の場」をつくっていくことが重要だ。そして、そこで得られた自己への確信が次のアクションと自信を生む。

 

最後に「自立」についても、頭の堅い大人たちに聞かせたい言葉が書いてあった。

だれにも頼らないという"完全自立型"のイメージではなく、他人に適切に依存することによって(安全地帯があることで)、むしろ人間は自由になりさまざまな創造性を発揮することができる(探索行動ができる)。

P124

その通りだと思う。ここに安全地帯となる他者を住まわせることができれば、その人はその先も歩き転んでも起き上がれるようなレジリエンスを手に入れると思う。

本気で支えられた経験。本気で尽くされた経験。本気で向き合われた経験は、その人なしでは生きていけないというような、その人に自分の人生の選択を委ねるような共依存(強依存)ではなく、だからもう僕は大丈夫なんだというような、自らの足で歩いていこうとするような勇気につながると思う。

 

他にもキラキラする言葉たちがたくさんあった。

  • 「真理の連鎖」ではなく、「好奇心」からなる連鎖によって学ばせるべきだ
  • 「『それはなんの役にたつのですか』。これが今後、神聖なことばとなる」
  • あわれみ(共感)における3つの格率
    1.「人間の心は自分よりも幸福な人の地位に自分をおいて考えることはできない。自分よりもあわれな人の地位に自分をおいて考えることができるだけである。」
    2.「人はただ自分もまぬがれられないと考えている他人の不幸だけをあわれむ」
    3.「他人の不幸にたいして感じる同情は、その不幸の大小ではなく、その不幸に悩んでいる人が感じていると思われる感情に左右される。」
  • 苦しいときにでも、まっすぐな気持ちをもって生きるためには神の信仰が必要だ。

読んでいて「その人の在り方≒その人なりの道徳性」かもしれないとも考えた。

あと、人権感覚が乏しくなるのはどうしてだろう?と考えた。そこにある問題は「自分こそ正解だと思う大人の権威による締め付け」一択だろうと私は思う。

相手を想像して考え尽くして思いきって、与え与え与えきる。

それでしか、人はその人からの影響を受けて次のステップには進まないだろう。見返りはいいから、その一切はすべて未来に使ってくれって私は思う。

 

ロックの自然権(メモ)

自然権とは国家の成立以前に、神から与えられたものでした。人は、他人の生命、健康、自由、所有物を侵してはならないが、そのかわりに自分の生命、健康、自由および所有物はだれからも侵されないという権利を持っている。

P112

こういうのを日々意識したいし、周囲の人たちにもそれとなく示せるようになりたい。

 

次は「デューイ」。そして「カント」だ。

 

経験と教育 (講談社学術文庫)

経験と教育 (講談社学術文庫)

 
カント『永遠平和のために』 2016年8月 (100分 de 名著)

カント『永遠平和のために』 2016年8月 (100分 de 名著)

 

 こっちも痺れそうだっ

スポンサードリンク