かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学。(旧:それでも幸せな人はいるから)

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【子どもはいろいろ思ってるよ、話し聞いてやればいい話者になるんじゃん?】と見せかけて、すみ括弧はあんまり関係ない自分の今メタの話

忙しいわ!「ハピペン」です!!

土曜から、月、火と学びに出ている(学びってか、データを取捨選択しないでインプットしているだけかも)。そして、木、金も行きたい学びがある。忙しいなら減らせばというのがあるが、こっちは、今月の頭から決まっていたものだから行きたい。

そして、今日は明日に向けて準備がいる。正直どれくらい適うか分からないけれどやりたい。

 

麹町中の見学があった。

ストレングスファインダーをやった。

フリーランスについて話を聞きに行った。

日本社会やソーシャルアクションについて対話をした。

 

これらのアウトプットをしたいのだけれど、できずにいる。

 

整理はしたので、どこかでパッと出したい。

その日にリンクを貼ることにしよう。

 

今は、帰りのバスの中で、とりあえず今アウトプットしたいこと、気づいたことを書こうと思った(ブログを更新できないこともまたストレスになる)。

 

思ったのは、前回ほど、苦しくないってことだ。

前回はこちら。

【楽しくない……のはなんでか?】ネガティブと手を取り合ってステップを踏んで踊れたら楽しいだろうか。 - かならず幸せになれるいきもの

 

前回のモヤモヤできつかったのは、自分は思った以上にこの学校を変えられないという自分の実力への懸念や(おこがましいにもほどがあるが)、【残す】ってことに強い関心があるけれどやはり現任校や現任校の子どもに私は何も残し得ないのではないかという懸念だった。

 

しかし、実際は、目標を下方修正し、その目標に照らし合わせると十分なステップを踏めているとも思い始めている。

 

特に「支援級理解」の授業からその実感がある。通常級の担任がやってもらってよかったと言ってくれたり、子どもの関わり方に変化を感じられたり、みんなノリノリで聞いてくれて、終いには「また来てください」と言われたりする。

僅かだが「人間について話せている」と感じられる自分がいることも結構嬉しい。

 

あと、やっぱり、自分が授業をした子どもの数、知り合った子どもが全校に増えるほど生活しやすいなあと思う。

「あの人ああいうノリの先生ね!」って分かってか、子どもが話しかけてくれる量が増えた。

また、ほとんどの子が馴れ馴れしく笑顔なところが良い。できて嬉しかったこと、できなくて困っていること、なくし物をしたこと、日曜日にあること、昨日家でお母さんと話したこと、廊下を歩いているといろいろな話をしてくれる。

 

そういえば、最近、朝は怠慢気味で遅い。バス停から歩くと通学時間帯である。しかし、通学路を子どもと歩くのも楽しいんだよなあ。

 

一言で言うと「学校の中のソーシャルを活性するのが楽しい」とも言えるかもしれない。

縄跳びを教えてとも言われた。そういうニーズに自分が持ってるリソースがつながるのもわくわくして楽しい。

 

アウトプットしたいことが山積しているという懸念があるのだが、仕事での手詰まり感がないから気楽だ。

 

前回は、仕事へのイライラとタスクが多くて滅入ってたんだなあ。

 

オレは、子ども好き!とか全く思わないけど、子どもの素顔は好きなんだなあ。

 

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