かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学。(旧:それでも幸せな人はいるから)

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【自分のこれまで×SF×カタルタ】「先天的価値」と「後天的価値」

今日は久しぶりのがっつりOFF。

昨日は【OXFAM】の楽しい集まりに参加させていただき。

【OXFAM】は、「貧困のない公正な社会の実現」を目指すNPOです。

oxfam.jp

 

この話はまたどこかでしよう。

 

今日は、昨日浮かんだアイデアと【自分のこれまで】や【SF(ストレングスファインダー)】や【カタルタ】を掛け合わせて浮かんだことについてメモをしておこうと思う。

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昨日、待ち合わせの時間まで、ぽっかり空いた時間があり、コーヒーを飲んで待っていた。自分で考える以外何もない時間で、自分にとっては珍しい時間だった。

何もしなくてもいい時間。そういうのは久しぶりだった。

 

【自分のこれまで】

一昨日から、自分が昔書いたブログの記事を読んでいて、2012年の内容が心にヒットしていた。

 

そこには、命と時間の価値について、相変わらずごちゃごちゃ言っている自分がいた。

 

しかし、この【価値】という言葉。「ハピペン」には結構引っかかる。

 

昨年、福井県の東尋坊で聞いた、自殺企図の人たちの話で印象的だったのは、ほとんどが「自分に価値がない」と思った人たちだったことだ。

仕事先からも家族からも親族からも自治体からも誰からも相手にされなくなる、助けてもらえなくなる、もう自分はいなくていい存在なんだととことん追い込まれる。そうした人が死ぬのだと思った。反対にそう思いさえしなければ人は生きていける。

 

そして、今年度は「価値観の共有」や「価値観の共創」といったことが可能なのかをぼんやりとキーワードにして考えていた。

 

それと「自尊感情」について。これも、私は「自己価値の評価」といった考えに惹きつけられて気にしていたのだろうと思う。自分の価値と自尊感情は関連していると思った。

 

【SF(ストレングスファインダー)】

SFの強みにも、「価値」というような言葉がよく出てきていた。

たとえば、第2位の強み「成長促進」の中に

ある程度、あなたが彼らに時間や労力を注いでいるのは、その価値があるからだと本人に知ってほしいと思っています。 

 強く共感した。その通り。私は、誰もに「あなたは価値がある」っていうことを感じさせたい。本当は。特に子どもね。

おそらくあなたは、ときどき、他の人の心に自尊心を浸透させることがあります。そうした人の人生において、あなたはその人の価値を認め、将来性を見抜き、その人を信頼する存在の一人なのかもしれません。 

 とも書いてあった。相手の自尊感情を高め、その人の価値を認める。そして、よりよい未来につなげる存在、と解釈。

 

強み第1位の「運命思考」の行動のアイデアには、

チームを築き上げ、人に自分の重要性を感じさせる、よいリーダーになるでしょう。

 とある。あまり、実感がないけど、そういうリーダーになりたい!とはめちゃ思う。

 

「一人ひとりに価値を感じさせたい」が自分の中にあるなあって思う。

 

【カタルタ】

そして、とりあえず「私が一番したいことは何か?」というテーマで「カタルタ」をめくってみた。

  • そういえば
    生きるを当たり前に!君が隣にいること完全肯定!
  • いっそ
    アクションを起こそう!笑顔でいろいろな人に会う!いい人!
  • やっぱり
    公教育の闇は深い。職責が優先されてしまう。
  • どうせ
    自分も明日には忘れる。生活が忙しんだ。
  • そろそろ
    具体的に何かアドボカシーを出すべきだ。
  • たぶん
    上手くいく。
  • 実は
    もうロジックはあるはず。
  • だから
    まとめることだ!整理すること!
  • 言い換えると
    書き出す。アウトプットする。ひもづける。
  • しかし
    そこのHOWが弱い。フレームワーク。
  • とにかく
    マインドフルネスをしながら、湧いたものをやっていくしかない。
  • そもそも
    それが、私の本分だ。

というような感じに、じわじわやる気を高めることにつながったような感じがした。

 

そして、トータル土日で閃いたことを書いておわる。

「先天的価値」と「後天的価値」

先天的価値は、人そもそものもっている価値。自尊感情でいえば「自律的自尊感情」に位置するだろうと思う。

後天的価値は、人そもそもというよりは、後からつけた能力や技能で、社会に自分を当てはめるために、制御していった自分にある価値だ。

 

どちらの価値があればいいというわけではないが、どちらか一つは強い方が生きやすいかもしれません。中でも、先天的価値観が強いと生きるってことに対してぶれにくいだろうなと考えています。

 

そして、指導において「先天的価値」を失わないように「後天的価値」について指導する、ということができれば、子どもたちは、生きやすくなるのではないか、と考えている。

「先天的価値」について考えるために、時間が取れそうなときは「人権」について調べたいと思ったことを記録して、終。

 

 

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