かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学。(旧:それでも幸せな人はいるから)

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【ライフワーク】価値観のキャパシティを越えないことが「感情のバランス」をとるってことかな

ダメだ!オレ本当時間苦手だわ!「ハピペン」です。

 

どうしよ。冬にその制度がガクッと落ちるよ?どうしよ。生きづらっ!!

 

昨日は、似た価値観の人もいれば、違う価値観の人もいる。当たり前のことを改めて実感した日。

 

「カバンが開いている」

私は大体カバンが開いている人。タイに行ったときはさすがに閉めていたが、日本では……(まあ、本当そういうところからしてルーズなんだよね。財布を落とさないようにはなったが……)。

 

昨日、駅で階段を降りている途中で「カバン開いてますよ」と言われてしまった。

 

きっとその人の親がそういったことをよく伝えていたのかもしれない。または、自分がそれで失ったことがあるのかもしれない。もしくは、平和ボケへの警鐘?

 

そんな風に思う。

他人でも口を出さずにはいられないような、価値観を体現している私なのだなあと自覚する。

 

調整できるところは、調整すべきだ。

 

「オファー」

昨日あるところからオファーがあった。

ただ、迷う。距離が。

フィジカルとメンタルと通勤時間って関係なくはないと思うんだ。

最高にテンションの上がるオファーなのだけれど、簡単には頷きにくい。

「教育観」に関心をもってくれた人と時間を共にできるってめちゃいい幸せだと思うのだけれど。

 

ただ、「何のために」は問いたいかな。自分の証明も必要だけれど、そのためにっていうのは……どうなんだろう。

 

「成長」と「貢献」。

「貢献」はどこに行ってもできるよなあ。

「成長」は通常学級であれば適うような……(極端に抽出するとね)。

 

感情のバランスが取れた状態で、心からワクワクすることに打ち込めているのが、ライフワーク

(「ユダヤ人大富豪の教えⅢ」より)

 

感情のバランスが取れそうなことを選択して生きたいなあ。

 

情けないけど、フィジカルが耐えられなさそうで、結果、その時の感情で飛び込むと惨敗しそうだ。

 

もう一度メリットとデメリットを書き出して考えてみよう。

 

身動きしづらいのが、やる気がないって証みたいで嫌なんだけれど、そこに何を優先している自分がいるのか考えなきゃなあ。

 

何かを守ってんだよね。

それが「いつかの自分」っていう犬も食わないものでないといいのだけど。

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