かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学と甘い毒。(旧:それでも幸せな人はいるから)

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理想的な関係を3つ挙げた

今日は友達の結婚式だ!「ハピペン」です。

 

なのにイライラ。めちゃイライラ。

だからイライラか。電車死ぬほど間違えるし。

180度でなく、90度くらい違う。

乗り換えかよ!!!

 

そもそもは、昨日のイレギュラーがきつかった。

まあ、だいたい自分のせいだけど。

 

というわけで、これらのことは、どーでもいいさ。

 

昨日も「貧困のない公正な社会」を目指す人たちと会う時間があった。

 

そこで、自分のイライラや理想的な関係について話す時間があった。

 

理想的な関係について3つすぐに浮かんだものを書いておく。

 

  • 選択できること

相手の選択を奪っているとやっぱりイラッとする。

(だから、お願い、提案、説得、相談、交渉をする)

 

  • 人のせいにしないこと

やっぱり「コンテクスト」を大切にしたい。バランスを取りたい。負担が偏ると苦しい。基本は「自分が何か変えられないか」を考えたい。

となると、自分が上手に気持ちを伝えられることが重要だ。私にはどうせ否定されるかもしれない、相手はそれを乗り越えるコンテクストを打ち出してくるだろうと思って言わないことが多い(改めて考えると)。

 

  • 理由を伝えるし、理由を聴くこと

たとえば、こちらには、最初から答えがあって、そこに誘導するための「受容・傾聴・共感」は嫌だなと思う。対話したって、決まってんじゃん、なんか言わせた風、それじゃあ聞いたから少し黙ってねみたいな。

そうなると、ますます、お願い、説得、相談、交渉、提案も、用意してあると嘘くさくなる。

ビジネスだと用意が大事かな。

教育でも結局大事になるのだけれど、少なからず変容の余地をある構えでありたい。

「じゃあ、そうしてみようか」と思えることを0にはしたくない。

フラットに、対ヒトとして聴くときは聴く、それを受けて応えるときは応えるとしたい。

その応えるための、知識や技能の準備は当然いるとして。

 

まとめると

「その人の主導権を奪いたくない」

というのがある。

相手のコントロールを奪わないこと、自分のコントロールを奪われないこと。

コミュニケーションは常にお互いを拘束し合うとしても、できる限りの納得と合意を大切にできる人になりたい。

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