かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学。(旧:それでも幸せな人はいるから)

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せんせい、大盛り

寒いって言いすぎて周りにストレスを与えているかもしれない「ハピペン」です。でも、昨日の朝って寒かったよね?

 

昨日の給食のシーン、何気なく配膳で並んでいるわけだけど、「はい、せんせい、大盛りねー」とよそってくれた。

 

ほとんどの子が言いなりの中に生まれる「イノベーター」。

この他者意識がどこから生まれるのか気になる。(ルールは、お皿に半分くらい入れると決まっていて、その子以外はみんな均一によそっている)

 

それこそ自己肯定感による、自信などから来るはみ出しなのだろうか。

それとも、大人をよく観察していてこの行為は怒られないと察しているのだろうか。

 

実際、その子の配慮は嬉しかった。

いつもその後に担任が増やしてくれているのだが、その手間も遠慮する申し訳なさも減った。

 

特に、心が安らいだのは、その日常感と、生活の中の自然なやり取りの心地よさを感じたことだ。

(やっぱり好きだなあ、学童1年目に大切にしていたのは「何がなさ」だった。当たり前にただいまと言いたくなるところ、当たり前に食べ物をおいしいと言えるところ。ここでも、否定は表現を抑圧するという感覚が働いているなあ。)

 

給食の話からも、当たり前のやり取りの中に子どもがいる。と思った。

 

 

先日、友人がこの本をプレゼントしてくれた。原画展で見ていて私の顔が浮かんだと言われるのだから恐縮。感謝。『だれのこどももころさせない』

だれのこどももころさせない

だれのこどももころさせない

 

 

4歳の娘が、寝る前に「せんそうになる?」と問うようになったことをきっかけに生まれた本だそう。

 

クラスに数名いないだろうか。ミサイルトークをたまにする子が。

 

「せんせい、ミサイルが落ちて来たらどうなる?」

「せんそうになっちゃう?」

「せんせい、今日はミサイル飛んで来るかな?」

など、子どもは一度見たニュースを反芻して、不安を浮かべているのかもしれない。

私は、この絵本を読んで「今もうニュースでやってなくない?」と思いながら安全をバイアスでかなんでか深く取り上げていない自分に気づいた。

 

子どもの一言に、その子の気持ちを見る。見ようとする。その向こう側を想像してみる。

そこには、その子の生活がある。過大解釈にならないように、フライイングにならないように、ミスリードにならないように、表出されていない部分をつい見ないようにしてしまうことってある(めんどうくさいだけ?)。

 

そういうのバイアスを越える感覚を思い直させられるエピソード。

それには「振り返りジャーナル」はいいのだろうなあと思う。

表出しきれなかった言葉を吐き出してみる。

一歩子どもに踏み込めるように思う。

 

その子の考えを癒したり、支えたりして、その子もうそのものを感謝して、そこに在ることを手放しで受け入れたいぜ!

 

有り難迷惑、お節介、余計なお世話なんて言葉を越えて!管理者の価値観に合わなくなって

 、いくらでも自分の正しさでハカれ!越えていけ!イノベーター!!

とか思う。

「ハカる」力 ~プロフェッショナルをめざす人のための新ビジネス基礎力養成講座~

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気遣いをありがとう!!私はいつもそれに救われている!!

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