かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学と甘い毒。(旧:それでも幸せな人はいるから)

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師匠!!

週に3回以上、勤務後のイレギュラーのタスクがあると無意識に構えているようで疲労感のあるハピペンです。

昨日までで2つ終わったので、今日の朝はもう元気だぞー!明日休みだし!!

 

祝電を渡しに(作りに……)、前任校へ。

 

これまで特別支援だったのだが、はじめて通常の学級も(まだ、決定ではない)という視点で、元同僚の人たちと話す。

 

勝手に師匠としている先生とも、改めてそういう視点でお話できた(そうだ!私には師匠がいた!)。

 

師匠は、崩壊も経験している先生。外部で学んでいるし、本への寄稿もあるお方。ギター好き。男らしい風貌。背が高い。 

 

でもそういうことではなくて、とてもピンときていて、好きなのだ。織りなす心地よさ。目指したいものを兼ね備えている人なんだ。優しい。面倒見がいい。わんぱく?

 

その先生に一つ大切にしていることを教わった(こうして一つを語れるところもかっこよい)。

 

箇条書きで残しておく。来年度のmustだ。

  • 毎時間やる!

  • 体のことを言う

  • 話を書くときのおへそ、手、目を大切にする

  •  少なくとも、話し始めるときは、途中の崩れは大目に見る

  • フォローを入れる。できたら「そうだよ!もう◯◯年生じゃないもんね。」(教える、誉めるがとても心地よい)。
  • 体がなかなから正されない人は、「おーい」と言って手を振る。それでも気づかなければ「名前を呼ぶ」(これもリスペクト。基本的に名前で言わない。名前で呼ぶまでに段階を設けていることも最高!)。

 

とにかく、全部が優しい。「そうだよ!」っていう身振り手振りを見て、目の前に子どもがいるのが浮かんだし、それを聞いているだけで自分も嬉しい気持ちになった。

 

その言葉とか、やり方ではなく、それに自然とのっているその人と成りが伝わる。

そこを本当になんとかしたい。

もっと、そういう、師と過ごす時間を増やした方がいいなあ。

 

「『体のことを言う』というのを、一年目に教わりたかったよ」と言っていた。それをメタしていて伝えられる先生に本当に感謝です。

思えば「体のことを言う」という表現にも子どもへの思いが入っているように思う。

師匠の言い方は、注意でない。指導でない。言う。やってもらう。気づいてもらう。実際や実質はやらせているのかもしれないが、やらせるという意識でなく提示する。やらされてるでなく、やる。やれるような伝わり方をしているのではないか。

「低学年にとって勉強はポジティブだから」とも言っていた。この先生がもつ低学年たちは間違いなく幸せ。そう思われる自分で在りたい。

 

そして、これが、私がよく言われる「しめるとこほは、しめないと」でブラしてはいけないところなのだと思う。第一弾。あといくつ決めよう?

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