かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学と甘い毒。(旧:それでも幸せな人はいるから)

7日目:ちょーっと霧が晴れる

やっと20時台に退勤したよーーー!ハピペンです!

今日は、めっちゃ回った。ホント良かった。

 

というか、去年もそういうところがあったけれど、子どもの知り合いがいないとハピペン死んじゃうんだよね。

 

去年も、ある通常学級の子どもたちの顔と名前を覚えたあたりから学校が楽しくなった。

 

それが起こっていたような気がする。

今日で、やーっと全員の名前と顔が一致するようになった。

授業もやれた。

国語、算数は、表紙で30分遊んだ。

算数だけ少し紹介(国語はまた別で)。

東京書籍の2年算数の上の表紙に描かれているものを拍手させた。

「木が何本書いてあるか」で拍手の数が割れる。私は間違って子どもが合っていた。

中くらいの木は何本か。大・中・小の数をそれぞれ書いて、全部では8本なんだよね。これって何算?というとちゃーんと「たし算!」と返ってくる。

「タイヤたすブランコ」などをやって拍手で答えさせ、最後は自分たちで問題を作らせて、班の友達に発表させた。

こういうのをやると全員座る。

「すごい難しいのでもいいの?」というから「いいよ」というと、「すべり台にある点たす人間たすえんぴつ」など言ってくるから面白い。ちなみにえんぴつのうちの一本は裏表紙にあるのだった。

「三角はいくつでしょー」という面倒くさい問題も平気で出してくるから子どもって素晴らしい。大人が課したら絶対ダレると思うんだけど、子ども同士だと「負けるかー」みたいな気持ちで笑顔でやっているから面白い。

 

体育もやった。ジャーナルでは「体育が楽しかった」が多かった。

体育館の時計が遅れているというハンパない罠にひっかかり、初給食の滑り出しがびっくりするくらいネガティブスタート。

 

だけど、全員でやればなんとかなる!と言って、当番を先に返し、「手伝える人は来て!」とワゴンに誰だろうと行き、とにかく回った。

 

朝「先生全く知らないから」と言っておいたのも良かった。

そして!自校給食めちゃうめーーー!!でも、私は食べる時間がなく、なくなく残す。それほど、私は時間がなかった。子どもたちは、8割食べられていた。

 

「食べられるか食べられないかはどうでもいいから、食べた方がいいか食べない方がいいか。食べられるようになりたいのか、なりたくないのか。自分で選んでね。」と言った。

「ちなみに、去年見た2年は、はじめ、一口も何も食べなかったが、12月には何でも完食するようになった」と煽っておいた。

「自分がどうなりたいか」

「変化を楽しめるか」

「成長を喜べるか」

だけだと思う。

 

はい!そして、おまたせ。

なぜ、子どもと距離があるのか?その打開策

やったことを列挙していく。

  • 机を少しでも前にして、黒板や教師に近くする。
  • 教師の机を後ろに下げた。
  • 2の5と思うなら先生の話は聞くようにしてほしいという叱り。
  • 逆に2列目くらいまでの声でとつとつと話す。
  • あとは、タイマー様最強。鳴るまでに聞く姿勢の用意をする。
  • じゃれたがりをくすぐる。
  • そして、何よりの「自己紹介」。

 

大きな問題は、子どもたちが「自己紹介」をしていないということだったかもしれません。

 

「自己紹介」をするまでって何となく落ち着かないですよね。

そのせいで子どもたちをふわふわさせてしまったかもしれません。

 

覚えてもらえるかは、別として、自分を伝えたっていうのは、一種の通過儀礼で、重要なのだと知りました。

 

教室の空気の色が変わったような気がしました。そして、笑顔が増えた。

 

偶然知ったが、学級通信を二人の保護者が喜んでくれていたのも充電につながった。

 

有り難い。