かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学と甘い毒。(旧:それでも幸せな人はいるから)

はじまり

小さいころは、朝になると風の音と鳩の鳴き声をしばらく聴いている時間があったハピペンです。

サラーって草がゆれる音が、私の中では「懐かしい音」に分類されている。

 

有り難い。非常に有り難い。ななこさんのブログで、私について書いてくださっています。

学校の先生 - そこに愛はあるのかい?

 

思いと葛藤

どうして、思いと葛藤があるんだろう。

と、頭の中で言葉を言うと、返って来た言葉があった。

 

「学校は楽しいって思わせたいからでしょ?」

 

そうだ。

 

学童で働いているときに

「『学童は行きたいけど、学校は行きたくない』っていう子がいたからでしょ?」

 

私は、そこに一番の違和感をもった。

 

だから、私は、誰かが来たくなくなってしまうような教室をつくってしまう存在だと分かった日には、教師をやめると思う。

 

ある意味「勉強が分かる・できる楽しさ」は、ベストだ。

けれども、それは、今の自分にとっては、簡単なことじゃない。

「分かる・できる」と「やらせ・やらされ」のバランスがうまくとれない。

このバランスがとれると「分かる・できるが楽しい」になるのだと思う。

 

まずは、楽しい

ただ、それよりも、まずは「楽しい」だ。

「楽しい」のために、何がいるかを優先にしたい。

できればこんな楽しいを感じさせたい。

  • 友だちといることの楽しさ
  • ルールの中で遊ぶことの楽しさ
  • 自分の成長に気づくことの楽しさ

「勉強の楽しさ」はその後かもしれない。

 

願い

そうして、今、私が抱く子どもたちへの願いは二つある。

  1. 幸せな子ども時代を過ごす子どもが一人でも多く増えること
  2. 幸せな未来を生き抜く力ために必要な力を子どもたちに身につけさせること

以上の2つである。

 

いつもここに返っていきたい。

 

そのために

そのための大きなテーマは

「目的に沿って自分のことを自分なりに表現できる子」

を育てたいと思っている。

 

忘れちゃいけないこと

私が子どもたちに伝えたいいつも忘れちゃいけないこと3つ。

  • どの人間も生きていていい
  • 生きるって楽しい
  • 生まれてきて良かった、自分はここにいていいんだ

と感じさせたい。

 

こういうことを忘れないで、先生を続ける。

 

ななこさんのおかげでそういうことを思い出しました。

 

いつも、いーっつも、ほんとーにありがとうございますヽ(〃∀〃)ノ