かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学と甘い毒。(旧:それでも幸せな人はいるから)

31日目:迷いを減らす!

久々にやっちまってますハピペンです。

でも、なーんか、終わらないんだなあ……。

21時を過ぎる……。

 

子どもが分かっていないときの軌道修正が難しい……。

 

その場でみんな「分かった!」とはなりにくいものなのかもしれないが……。

 

もう少しいろいろ思い出しながらやろう。

目の前に飲み込まれまくっている。

 

国語では、導入で簡単な読み取りをもっとさせよう。5Wを聞こう。

 

そして、もっとノートを使おう。

特に算数。

教科書に書くのか?

ノートに書くのか?

判断しにくい子が多い。言っても迷わせてしまう。

 

ならば、ノートを中心にしていく、気づくのが遅かった。

 

学校も情報社会だなあと思います。

道徳の教科で一番困っているのは、授業内容というよりは、やはり評価です。

 

ガイドラインがいくつか出ているものの、知らないとメンバーで文言を見ながら推測しあって仕立てることになる。

なかなか時間がかかる。まあ、それはそれとして、楽しくもあるが……。

 

道徳科の評価をするなあたって何を見取るのか。

 

大きく3つの観点があると考えられている。

  1. より多面的・多角的な見方へと発展しているか
  2. 道徳的価値の理解を自分自身とのかかわりの中で深めているか
  3. 道徳性に係る成長の様子

 

これらについて、記述式で個人内評価で見取る。

学期ごとであるか、年単位かは、今のところ学校に委ねられていると思う。

 

これが、自治体ごとになってくると、現場の混乱は減る。

 

これについて話し合いをすると、いろいろな正しさが交差する。

プライオリティを確認し合えたらいいのだけど……。

 

一先ず、いろいろ置いておいて。

今日は彼らの書く力に驚かされた。

ワークシートを使って国語の時間を進めることにし、めちゃくちゃら書いてもらった。

 

道徳でも、まさに上に書いたような評価の観点にフィットするようなふりかえりを書いてくれている子がいた。

 

押さえた価値と自分を照らし合わせて、自分の名前の由来を持ち出して語っている子がいた。

 

自分は、話の主人公のような活躍を今後するだろうとのことだった。

そうした場面に出くわしたら、力を発揮したいと書いてあった。

 

自分を考える楽しさを味わわせたい。それが、道徳では叶うかもしれない。

 

いろいろ失敗はある。

でも、自分の中でも迷いを減らす。

 

そうして、子どもたちも迷わず取り組めるようにする。

 

めっちゃ当たり前のことだけど。

 

もっとぐいぐい引っ張ってほいんだろうなー、と今日何となく思った。

 

なんとなく、みんな、だるい、退屈、面倒くさいのだ。

 

だから、お尻を叩いて動かしてほしいみたいだ。

 

そこから、動く楽しさ、心地よさ、気持ち良さみたいなものを感じさせ、自分から動けるようにしていく必要があるみたいだ。

 

その中でも、プロジェクトが進んで、子ども自身がクラスに働きかけ始めているのがとてもいいし、嫌いな食べ物を自分から「食べてみる!」とチャレンジする子も出てきている。

 

自分を成長させる芽を感じる。