かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学と甘い毒。(旧:それでも幸せな人はいるから)

35日目:【なぜあの子を注意した?】素直に正直に根を見つめる

雨男です。ハピペンです。雨が降りそうな時は外に出れば雨が降る。今日雨って全く知らんかったなー。こういうところだよね。よくない。

 

昨日の自分の指導にモヤモヤが残っていた。

今日はそれが晴れてスッキリしている。

 

子どもが何が分かっていて、何が分かっていないのか。だんだんとつかみ始めているような気がする。

 

言語化されていないことは全て知らない。

しかし、全て言語化されても分かるのはわずかというのが子ども……そりゃそうだな。

 

というよりは、人間ってそもそもそうなんだろうな。

 

「なぜそうしたのか?」

って言われなきゃ分からない。それに、言われても分からないことも少なくない。

 

Aさんが「やめて!」と言う。

Bさんがやめない。

 

それで呼ばれて、話し合ってきてと言う私。

そして、どちらかというとBさんに注意気味な私。

 

なぜ私はBを注意するのか。

それを、ずっと考えていた。

 

いやいや単純にイライラしただけでしょ?ってのも少なからずあるだろう。

 

ただ、自分の心の奥底に何か良心のようなものがあると信じて掘る。

 

何に懸念があった?

一つは、Bを指導できないということで、周囲からの自分の信用を下げたくないというのがあったかもしれない。

しかし、それは同時にBから私への信用を下げる。私はどこかBを守る意味でもフェアでなくBに注意を向けた。

 

そこに、何かあると掘り進む。

 

「あ、そうか」(伝家の宝刀である)

 

Bが嫌なやつってなっていったら、この先苦しい。そして、そうなったBを助ける術をもっている自信がなかった。だから「Bそのままではダメだ!」という気持ちで注意をしたんだ(と思う)。

 

もし、そうだとしたなら、それは、

  • 私は能力がある
  • 人々は私の仲間だ

という「適切な信念」にも当てはまりそうだと思った。

 

今日、隙を見つけて、どこかで、それを話そうと思っていた。

 

そして、チャンスが舞い込んできた。

 

廊下に連れてきて、

「昨日の休み時間の話。覚えているか?」と聞いた。

Bは頷いた。

「その話をさせてくれ。」と頼んだ。

Bは顔を背けなかった。

「昨日ずっと考えていたんだけど、よく考えれば、BはBの考えを言っても言わなくてもいいんだ。それなのに、私は無理に言わせるような態度をとったと思う。それはよくなかったと思っている。ただ、オレはこのままではBは嫌われてしまうのではないか、と心配だったんだ。それでつい手を掴んでしまった。そのとき、痛いっていうのがあったら本当にごめんね。」と言った。

Bは頷いた。

「AはBがあとから来て、じゃまをされるのが嫌だったんだよね、それでやめてって言ったんだよね。それって分かる?」

頷くB。

ここで、私は、なんとなく「ハッ」とした。

「でも、やめてって言われても何をやめるのか分からなかった?」

「うん。分からなかった。」と少し笑った。

「じゃあ、しょうがない。人間ってそういうもんだよね。言葉にしないと分からない。そこは、Aによくなかったなってごめんって感じ?」と聞くと、頷いてくれた。

「それで、次からこういうときどうしたらいい?私は、Bが嫌われてしまうんじゃないか、と思うと注意したくなっちゃうんだけど、Bを信じて見守っておいたらいい?」と聞いた。

いやーと首を傾げてる。

「つんつんってやって、それよくないよって合図する?」と言うと、また頷いた。

Bは「自分じゃ気づけない」と照れ笑いをしながら言った。

これを言えるBは強いと思った。

そこにちょうどチラッとAが顔を覗かせた。

「ちょうど良かった。ちょっと来て。」と呼んだ。

 

そして今話していたことを話す。

「やめて」が何をやめるか分からなかったこと。Bはよくなかったと思っていること。今はAの気持ちが分かること。など。

 

AもBも納得してくれたようだった。

 

最後に

「納得しているから、ここで終わりって思っているけれど、この先謝んなとかどーのこーのは言わないから、自分が必要だと思えばやり取りして戻って。」と言ってその場を去ろうとしたら食い気味に明るい声でBを見てAが「ごめんね。」と言った。

 

かなり驚いた。

 

一つ一つだ。

一つ一つ積み上げなければいけない。

丁寧に。

(む、難しいよ!!)

 

多少、私が面倒くさいやつと思われている効果でコトが済んでいる可能性もある。

 

でも、一つずつ分かり合っていくしかない。

私も子ども同士も。

 

その後、給食はBの班と一緒だった。

なぜか、これまでのケガや入院トークから幼・保の思い出になり、Bの辛かった思い出などを聞いた。

 

そうか。

私にとっては、ただの◯年生でしかないという感覚がどこかにあったが、それまでにこの子たちは当たり前にいろいろ経験をしていて、数年で築き上げた「自分」がいるのだ。

 

「私は何も知らないんだ!」

背景も好きなことも、嫌いなことも。

 

もっと知ろうとしなければならない。

一人ひとりがもつ憂いも喜びも。

 

もっと、見たい。君たちは何を考えているんだ。私は知らなければならない。

 

そんなことを思わされた。

 

午後、自分の夢を挙げさせるシーンもあった。

美容師になりたいという子。

でも、親には別のになれとも言われると言う。

そう。いろいろ思って、いろいろ思わされて生きているんだ彼らは。

 

もっと見つめたい。愛おしみたいんだ私は!!