かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学と甘い毒。(旧:それでも幸せな人はいるから)

43日目:【アドラー心理学】脳はくだらないつくりなんだと思う【パセージ:その2】

時間を決めて速攻!!をかけるも30分は遅れる。ハピペンです。

土曜に教室整備をしたので、少しだけ過ごしやすくなった。あと机が2台はほしい……。置くか置かないか……。

 

【パセージ:その2】

昨日は、パセージに行っていた。

子どもと人間として正しく向き合えていない自分に正対することになり苦しい。

「私のせいではない」と思いたい心情に似ている。くだらない。

そして、それを越えなければ、子どもは変わらないし、子どもこそ苦しみ続けるのだった。

私は、あの子を嫌いになりはじめているのか?

そんなことも思わされる。

 

今日は教わったことを生かしてかかわってみる。

  • オープンクエスション
  • 課題の分離(不適切な行動に注目しない)
  • 不適切な行動の適切な側面に注目する

この3つを何回も意識できた。

 

ペアトークで質問ジャンケンをした。

ずーっとジャンケンをして遊んだ子がいた。

5分間ずっとジャンケンである。

 

そういう子にどう応じるか。

 

これまでだと「今は、ペアトークの時間です。話します。」とか言ったかもしれない。

「ちゃんとやろう。」とか言ったかもしれない。

「周りの迷惑です。」とか言ったかもしれない。

 

しかし、全スルーである。

うるさいのも、多少危険を感じることも、野次も全部。

 

とにかく【適切な側面】が見つからないときは関わらない。

 

そのときは、感情もマイナスであることが多く、その状態で関わっても、負の注目を与えるだけなのだ。

本当に何かを伝えたいのなら【感情を整えて】から伝える必要がある。

 

私は、5分間のジャンケンを見てもちろんイライラした。うんざりした。どうやって責めてやろうかと思った。

 

でも、「ジャンケンをしてくれてありがとう!ルールを半分守ってくれたね!」と言った。

 

その子は、黙って前を向いた。

嘘みたいな?少し不思議な気持ちになった。

 

続いて授業に入っていった。

意見を聞いているときに、ちょうどその話題を閉じようとしたときに、手を挙げたその子を私はかわした。

 

その辺りは、その子の挑戦状なのだと思う。

私はスルーした。

その子は注目を得られるず、また反逆を試み始める。

「(お前は本当に正の注目をくれるのか?)

(それに耐えて自分をほめてくれるのか?)」

というゲスい挑戦状である。

 

でも、なんとか、越えていった。

 

私は、また適切な側面を探した。

野次を言うことにも「聞いてくれていて嬉しい」などと言ってみる。

 

すると……。

課題をやりはじめるから不思議だ。

5Hもノートを書いていたなあ。

 

【脳はくだらないつくりなんだ】と思った。

 

刺激ならなんでもよくて、区別がつかないのだ。

「ジャンケンをしてくれたことへのありがとう」という嫌味のようなしょうもない刺激も、ステキな刺激の一つなのだ。

それが、怒鳴りであっても刺激の一つ。

しかし、以下の2つ

  • 嫌味であってもありがとうを得ること
  • 怒鳴りを得ること

を得るための行動は同じであって、同じでない。

行動をどう見るか。行動のどこを見るか。どんな感情で見るかが重要である。

 

そして、今「半分守れている」というのは、まさに分岐点にいるのかもしれない。

 

そこで、怒鳴りに寄っていけば、怒鳴りやすい行動をするようになるだろう。

少しでも有り難うを添えたら、ありがとうを言われやすい行動をするようになるかもしれない。

 

常に「行動の適切な側面」を見る。

常に必ず「適切な側面はある」のだから。

 

これはブリーフセラピーで言うところの「コンプリメント」と同じだから、私は本来上手でなくちゃいけないよなあ、と思う。頑張りまっす!

 

なんであれ、今日。天気も良くて、みんなといるのが好きって思えた。

余計な課題を背負いすぎなのかもしれない。

まあ、いいや、とか。

別にいいや、とか。

それオレの問題じゃねーし、とか。

そう思って過ごすと楽で、やたらに土足で介入しないで、見過ごせる。

たとえば悪い言葉が飛び交うことで、誰かを悪く言う子が増えたら、そういう雰囲気のクラスになったらどうしようとか思うのだけれど、それは、なってから問えばいいかなあと思った。

まだ、自分たちで良い方を選ぶ力があると思う。

クラスのルールを破るかどうかも自分たちに委ねていく。

 

【学んだことを箇条書き】

  • 私の考えを言ってもいいかな?と許可を得ること。断られたら言えない。
  • このことから子どもは何を学んだだろうか?と常に考える。その学びが「自立」と「社会と調和して暮らすこと」に向かうかを検証する。
  • 失敗と不適切な行動の違い。失敗は良い結果を得ようとして行動して起こったこと。不適切な行動は注目のための行動。
  • 子どもの課題に口を出さない。
  • 二つの迷惑(実体的・心理的)。実体的な迷惑についてのお願いは聞いてくれる可能性が高い。実体的な迷惑は、身体的・金銭的・物質的な迷惑に関すること。心理的迷惑は、私が嫌な気持ちになるとか、私が嬉しくないからというような心理にかかわる迷惑。心理的な迷惑のお願いは関係ができていないと聞いてもらえない。
  • お願いする。それでも【お願いしてみること】は、全く悪くない好手である。

 

見事に着地しているように思う。

また明日フタを開けるのが楽しみだなあ。。。