かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学と甘い毒。(旧:それでも幸せな人はいるから)

49日目:そうだす。あたすが変なおじさんだす。

ポイフルをどか食いハピペンです。糖分……取っちゃってるー。

 

そう連日革命が起こるわけではないようだ……(笑)

 

今日は、停滞日です。

 

劇落ちってわけではないけれど、ところどころで気になることが起こっているように感じた。

 

授業の中で今までと違うことをしたっていうのもあるかなあ。

一人ひとりが前で発表とか……。

発達段階とか実態とかもっと見ないとダメだ!!!

 

ただ「イライラ」がとても減った。

 

子どもたちは、気付かせればできると分かっているので、気付かないで「ふざけ」に巻き込まれている時が気にならなくなった。

 

そして、その効能はあって、保健室に行きがちだった子が、「僕、先生に信頼されてきたな」と言って帰って行った。

 

はっきり言って「注意していないだけ」である。

 

そうかー。と思う。

 

子どもって、自分の印象がなく。

確固たる自分なんてなく。

 

誰もがそうかもしれないけれど、確かな自分なんてもてないじゃない?

 

要は、外から浴びる言葉で人は形づくられるんだよなあ。と思った。

 

その自分しか認識できなくて。

 

「注意されない=悪い自分は存在しない」

 

そうして関係ができてからの、成長喚起。

 

「ダメなその子を正す」ってモデルはなくて、「良いあなたにより良くなってもらう」ってモデルしかないのかもしれない。と思った。

 

そうして、「自分って他者から信頼されてるんだ」的な印象からの「自分自身が自分自身を信頼できる」的な流れができるなら、その子は強いなあと思った。

 

適切な側面を観る目を養って、子どもたちを見つめたいです。

 

「トラブルは成長チャンス」

そこには必ずのびしろがあって、それに気づいて応援できるかが鍵。

 

そもそも子どもは、この世界は信頼できる。自分は信頼できる。

そう思えていたら、伸びよう伸びようって思うはず。