かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学と甘い毒。(旧:それでも幸せな人はいるから)

50日目:「公」という生物

小学校の良いところが見え始めた(かもしれない)ハピペンです。

 

今日は(も)、ちょっと楽しかった。

やっぱり、人間同士の化学反応から、学びが生まれたり、自己認識が生まれたり、生きる楽しさが生まれたりするんだと思った。

 

プロジェクト活動を、とってつけたようにやっているのだけれど、人気がないからやめようかと思うと言い始めた子がいた。

 

それに、手を挙げて何人もが「やめないでほしい」という声を出していた。本人の認識とは違って数名ファンがいたようだった。

 

しかし「一度やめるというかお休みします」と告げて終わった。

とても記者会見だった。

 

そして、統廃合された。

 

あらたな名前に変わり、別のプロジェクトと合併したのだった。

 

業務衰退合併統廃合である。

 

なんて、組織的なのだろう、ここ会社か?

と思いながら見ていた。

 

他にも「上手くいかなかったからやめる」と、即プロジェクトを畳むものもいる。

 

そして、すぐに新規立ち上げ。

 

どこぞの起業家なんだお前は、という感じ。(やめればいい的な、非成功体験を積ませないように気をつけます。)

 

統廃合の話に戻るけれど、接点のない者同士が、「思い」で結びついた感じがあった。

 

二つのプロジェクトの目的が似ているから、共に頑張ろうというわけだ。

 

思ったよりもクラスのメンバーは同士化していて、多少なりとも仲間意識(苦しい同胞に、手を差し伸べたくなるくらいの意識)が、芽生えているのだなあと思った。

 

だんだんと子どもたちが、クラスのシステムを使うのが上手くなってきている。

 

「やりたかったら人を集めればいい」という考えも自然と行なっている。

 

全体に新しいプロジェクトを言う前にすでに数名仲間がいるのだ。

根回しして人を集めてから発表するようになった(面白い)。

 

「クラス会議」もやりました。

しかし、長引いてしまい。どっと疲れさせてしまった。これはまずかった。 

 

あとは、とにかく不適切行動に注目しないで、スルーしたり、指示したりすることに慣れてきた。

 

けつを拭かない子どもたちの後処理をして(牛乳パック洗ったり、牛乳パック開いたり、落ちた防災頭巾を拾ったり。本当にこれちょーイラつくわ!)。

 

ただ、イラつくからって注意するってのが、なくなってきた(0ではない。不適切な行動につい口を出してしうことはある。2回くらいある)。

 

あと些細な決めていないことを決めたらいいんだな、と思った。

 

提出物を毎回どこに出すか聞かれて、私はかなりイライラするので、この場所を決めよう。

 

3種類くらい出せればいいよね。そういうカゴだか、ケースだかを用意しよう。

 

6ポケットファイルを買って、その時間の提出物は、そこに入れてもらうことにした。

(うまくいくかー?)

 

今日、帰りにトラブったけど、帰ってから自分を省みて、行動を起こして解決した子がいた。

こういう力を育めているクラスだとしたらとても嬉しい。

 

いろいろな子を見つめ合って、共同体として生きていくこと。

子ども一人ひとりも見るのだけれど、その相乗効果のようなところ。

「公」という生物を楽しめたらと思う。

 

そして、適切な行動の子に注目するのが、少しずつ上手くなってきた。

慣れてきた。と言える感じだ。

 

水曜にしては、上出来な日。