かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学。(旧:それでも幸せな人はいるから)

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2011/7/10

ここ一週間は、介護体験に行ってた。

いろいろ時系列はぐちゃぐちゃに話していく。

まず帰り。

最後の日。つまり、今日。
職員室前にいる自由空間みたいなところでテレビを見ている人たちに一声ずつかける。
そのリアクションが、前日までと全く変わらないところに少し淋しさをみる。

私っていう存在は、ただ一週間いるだけの実習生であって、彼らにとって、なんでもないのだ。

「いてもいなくてもいい存在」

この認識を受けたと考えると、少々ダメージがある。

しかし、いや待てよ、と思う。いなければならない存在なんていうのは本当はないのだ。

障害者の方たちだっていてもいなくてもいい存在に違いないのである。
そしてそれは、当然誰も彼も、私だって同じである。

そう考えて。

なら、なぜ存在するのか。
そういう苦しい質問を自分に投げる。

誰かの役に立ったり、社会の役割を果たすってのは、嘘だってのが分かってくる。

そうしなければ生かせてもらえない文明の状況があるだけで、本来は何にもしなくたって生きていていいに決まっているのだ。

そうなってくると、なぜ存在するのか。そんなことは、私が決めていいことになる。
要は、私のために彼らは存在していた。それ以外に答えがない。

そして、彼らのために私も存在していた。そりゃ当然なのだ。
彼らは私だし、私は彼ら。共同体なのだから。

彼らは、すでに私との時間を持っている。そこを惜しむ必要はないのだ。それで十分なのだ。
彼らは十分に与えられていることを知っている。惜しむ必要がないことは、私を信じているからだ。
もう会わないかもしれないから、悲しいのであって、彼らは私(たくさんのすべて、この地上の大体を)を信じているのだ。

けれど、淋しいものを感じたな、と考えていて。いや、本当は、さよならをできることは淋しいことかもしれないけど、不幸なことではない。辛いことではないと考えた。
問題は、さよならの外側にあるなと。
さよならが言えない人たちがいるわけだ。そっちの方がよっぽど淋しいに決まっている。

私は、自分が随分いい気になったもんだなと思った。
その施設で世界中の問題が解決されているかのように考え、そこに参加していることを喜び、別れを惜しんでいるのだ。
考えてみれば、私は、その施設に入れていない人のことをこれっぽっちも考えていないじゃないかと。

障害を持っている人たちで、そこにいない人が確かにいる。確実にいる。
そういう人たちは、淋しくないのか。んなわけがない。こちらの方が1000万倍淋しいに決まっているのだ。

施設の彼らは、自分が幸福であることを知っているのだきっと。そして、障害を持っている人が、真に同じ境遇の人の心情、辛さも幸福も知っているのだ。
だから、私たち(身体的に基本的に不自由のない人たち)より、自分のことだけを考えるなんてことは到底ないわけだ。同じ障害のある人に、どれだけ幸福が必要かを知っており、そして、施設にいない場合どれだけ不幸なのかも割と理解しているに違いない。

障害者の方たちは、障害者という枠組みの中で、自分が幸せであっても、その評価にはさほど意味がないことをよく知っているようである。並列にある仲間もそうだし、後続の仲間にしても、その人たち全員が必要な施しを受けられる幸せがなければなんの意味もないことをよく分かっているのだろう。

私たち(身体的に基本的に不自由のない人たち)は、自然体で生きている。だから、改まった課題に必死になる団結力のようなものがない。言い直すと、私たちは、不足のない十分な状態の中で、不足を嘆き合っているのだ。
だから、見苦しい。本当に必要とする方へ、時間でも物質でも矛先が向いていない。そして、私たちの問題は、緊急性が高くはない。

彼らの場合はどうだろうか。緊急性は高い。神妙である。だから、冷静にいつもと変わらないさよならを私に示すのだ。私を信じて。

そして、また彼らは、私たちの世界が幸福に満たされていなければ、自分たちの世界も幸福に満たされないことを知っているのだろう。なぜなら、それは、私たちが共同体であるから当然のことで、どちらかだけが不幸、ということはありえないのだ。
だが、しかし、ここが難しいところで、幸福と不幸は、それぞれの感じ方のさじ加減だったりする。
実は、私たちは幸福かもしれないのだ。実際、幸福なように思う。
しかし、私たちは、現状を不幸と見ることが少なくない。これが、かなり苦しさを与える元凶なように思う。

つまりは、幸福を不幸と捉えている限りは、当然、彼らの世界も不幸が押し寄せてくる。
また、彼らは幸福と思い続けているようにも思う。それなのに、私たちはまだ足りないと言っているのだ。

いや、待てよ、私たちは幸せじゃないか。そう思いさえすれば、彼らへの施しが可能になって、お互いの幸福が同じになる。

もう少し原因を探ると、その原因は、共同体になれていないというところである。
共同体になれていれば、彼らの考え、気持ち、幸福の度合いは分かっているから、こちら側も気づいて幸福だなと考えることができるはずである。
しかし、そうは考えられない。

私たちの大勢は、私たちの世界しか見ていないのだ。

目線、考え方、気づき方、この辺りが私たちにある病な様子である。

もっとできる。もっとなんとかできる。
おい、もっと知ろうよ、お前はなんにも見ていないんだよ。

ということを、どこかへばらまき、嘆かなければならないように思う。

初日、私は施設は緊迫した雰囲気であるかと思った。しかし、そんなわけはないのだ。
施設は生活の場である、家族も同然。そこに緊張が張りつめていたらおかしい。
無論、スタッフの方たちは、初心を忘れないように、仕事に対する緊張感は持っているが。
その上で、安心・安楽を提供するのだから本当にすごい。

けれど、初心者の私は、割と怯えていた。どうすればいいのか分からない。
不安。意味が分からない。なんなんだろう。どう考えて接するのか。彼らにとって何が光なのかが見えなかった。

4日目ぐらいから、意識が変わってというか慣れてきて、なんてことはなくなったのだが。

最終日、15時ごろ、そらが少しだけ赤くなってきたころに。私は一週間を振り返った。
職員室は静かだった。優しい温かい静寂だった。ここにはなんの問題もない。必要なこともない。

祝福。

平和そのものだと思った。

実際、きっと、私たちが、蔑んでいるだけなのだ。
社会と争ってね。

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