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自由ってなんだっけ(旧:生きるって楽しいじゃん)

自由ってなんだっけ

July 20
『自由について』
自由の自は自分の自である。

自由という言葉の中には自分しかいない。

そこに他人はいないわけで、自由な状態であるときには、
自分の心の中に他人を持ってこなければ他人を存在させることができない。

自由という言葉の意のままに、
・自分の意のままに振る舞うことができること。
・勝手気ままなこと。わがまま。
では、他人に迷惑をかけることになるに違いない。

もう一つの意味に、
・自主的、主体的に自己自身の本性に従うこと。
がある。

私たちが言葉の意味として求めるならば、
求めるべき自由は、自主的、主体的に自己自身の本性に従うこと。
だと思う。

どういうことかと言えば、自分の本心に従って自分の行動を選択するということである。

思いつきで行動するのではなく、行動の判断に本心かどうかが問われるのである。
「それが、自分か?」と。

自由の自は自分の自というのは先に書いた。
自由の由の意味も考える。

由には、
・物事が起こった理由。わけ。また、いわれ。来歴。由緒。
・そうするための方法。手段。手だて。また、かこつける方法。口実。
・物事の内容。事の趣旨。むね。
・伝え聞いた事情。間接的に聞き知ったこと。
・それらしく見せかけること。体裁をつくること。また、表面にあらわれたようす。体裁。格好。
このような意味があり、まとめると、ある事柄に含まれる内容・中身といった感じである。

とすると、自由を単純に変換すると、
「自分の内容・中身」と見られる。

自分という人間の中身が、勝手気ままなのだということであれば、そんな自由でいいのかもしれない。
しかし、「それは、人間らしいか」と問いたい。

けれど、私は、自由には、
「自主的、主体的に自己自身の本性に従うこと。」
を当てたい。

つまり、自由というのは、
「自分の本心を表現することが許されている状態」ということである。

決して、思いつきがなんでも許されるという状態ではないのだ。

思いつきに本心が含まれるときもあるだろうが、思いつき=本心ではないだろう

況して、学童に関しては、社会生活である。
勝手気ままな自由ではなく、きちんと一人ひとりを尊重する自由でありたい。
それは、本心がどうであるかを大切にするということである。

普通、自由であるというときに、勝手気ままにふるまうことが自由なのかもしれない。
しかし、「誰かに迷惑がかからないかな」と考えられる本心があり、
その本心を表現できる(他人を大切にしようという考えを実行できる)ことこそが、
人間らしい自由だと思う。

さらに言えば、子どものときに「自分の考え」に出会うってことが自由を守るためにも必要でしょう。


今日の名言のコーナー
「人間ってやつは、いつも考えてばかりいるんだ。」
日陰に咲く花

 

(ある年の記録7月より)