かならず幸せになれるいきもの

特別支援×ブリーフセラピー×アドラー心理学

学校に療育の考えを入れると先生たちが自信をなくす

「貧困のない公正な世界」の理念に心が動かされるメンバーと話して考えさせられる「ハピペン」です。

 

さて、本日は、「みんなの学校」の木村先生が言っていたこと。

 

聞いた瞬間その通りだと思う。

 

子どもが、指示を聞いたり、仲良く過ごしたり、できることが増えたり。

どれも嬉しいこと。

ただ、テクニックはいるように思う。

通常級とはまた違った。

 

同じ時間でももっと身につく方法があるってことは、永遠になくならない課題だけど、学べばできることなんて思って突っ走ってきた。

 

組んでいる先生はやがて、言葉掛けや子どもへの返しで似てくるところがある。

 

ただ、次年度入った人はどうだろう?とふと考えた。

 

やっぱり、違った目線でやると思う。

もちろん、そのどんな指導も聞けるような、学校への信頼関係、学校は楽しい、先生たちはいい人たちなんだって気持ちを育てたつもりだ。

 

だから、どんな指導をしてくれてもいい。

問題は、従前の指導を知っている人がどう思うかになってくる。

 

やり方を否定すれば「教育に正解はない」つてそもそもを覆してしまうし、言われた方は自信をなくすと思う。

 

便宜的ないいと思われる方法があるとしても。

 

だったら、知識なしで体当たり、目の前の子を全力で見つめて、考え尽くして必要だと思われるものを施す。

 

そんなんでいいのかもしれない。

 

「知識のない愛は」って言葉をまた思い出すことになるけれど、周りの先生が気持ちよく働けるかってことを少し考えた。

 

ただ、それでも、戦いたくなることの方がいくらでも多いのも事実。

 

先生の顔色を伺うのは、結果その方が子どものためになる場合だけ。

 

先生がやりやすいように、ただし、子どもには利益ないけど……だったら意味ない。

 

情報提供いるなあと思った。

そして、予防とその理由を伝えることで、ある程度の質は保てるかもしれない。

 

たとえばチームであったら「絶対にしないこと」を決める。それだけで、逆説的に理念ができもする。

 

その「予防」の情報提供ってどんなんってのは、今年度中のどこのかで書く。宿題です。

 

自己弁護な記事だなあ……。