かならず幸せになれるいきもの

特別支援×ブリーフセラピー×アドラー心理学

23日目:な、なんとか!そうだよ、上手くいかないならなんでもいいから違うことをやれ!

体調悪いかもです……ハピペンです。頭が痛い……。ストレス???

 

なんだか、やるせない。謝りたい気持ちになるー。すみません。配慮ができない。

読みやすい記事、他者のための記事は書けない。

そんな自分が苦しいが、そもそもの目的は自分の振り返りなので好き勝手に書く。

目的が違う。そう言い聞かせて。

 

赤裸々に思ったことを流す。

そこに学びがあるはずだ。

 

何か戸惑った、苦しんだ、悔やんだのなら。

「なら『ここ』からはじめればいい!!」

 

組んでいるって大事だなあ。ただ同じ学年であるというのとは話が違う。協力して子どもを育てる先生になりたい。そうできる先輩になりたい。

 

子どもの話に飛ぶが、やる気にさせるって難しいなあ……。

しつけするのにポイントに走りたくもなるよなあ。

それか賞賛か。なんだろう、このモヤモヤは。

できるって楽しい!に行くにはどうしたらいいんだろうか?

座学の力が付かない。

自分だけが楽しいになる。

どうすればいいんだ?

楽しいとかはなく、「やらされる」しか方法はないのか?

 

「教える」にいっているもんなー下手なんだよなー。

 

だから、振り切るなら「もっと教える」か、「教えるを抜いて考えさせる」かを選ぶ必要があるのかもしれない。

そんな感じがした。

 

あと、板書を考える。

そういう脳を使え。

教えるってもっと難しいんだ(当たり前)。で、教えないを想起してはいるからややこしくなっている。

 

どうする……。

そもそもケアレスミスが多いんだ。学力というよりは、テストの受け方が分からない?

それは、練習するしかないだろうか。

 

すっとばして余剰をつくって、苦手を克服するための時間をつくりたい。

 

それとできていないのが、丁寧に進んでいくこと。繰り返しの中で、できるようにさせてしまっている。

ゆっくり進んでいく。でも、それで行けるんだろうかという心配もある。

 

もっと「みんなが分かる」とか「他者意識」にいかないときつい。

 

どこで崩れているかを再考する。

よくよく考えると、原因は「挨拶」だ。

雰囲気も悪くなるし、時間も奪われている。

挨拶の時だけ静かにすればいいって感じにもなっているのかもしれない。

挨拶を廃止してみるか。

検索してみると野中先生の記事が見つかった。

授業の最初と最後の挨拶を考える: 風にふかれて

 

挨拶をやめてみよう。

 

あと、たぶん問題は、私の喋り方だ。

私の話を聞かなくてもいいって思っている。

ただ、それは、なんでもない授業中であって(それも問題だが)。

避難訓練の話などは一撃で入る。

 

私のトーンが違うんだろうか。

 

まあいいや。

 

それで上手くいきそうなら、それでやってみろよ!!