かならず幸せになれるいきもの

特別支援×ブリーフセラピー×アドラー心理学

26日目:雨が止むっていうのはそういうこと?

学校に走って向かっている自分がいる……。

いいえ、別に焦っているわけではなく、早く子どもたちに会える場所に行きたい。

 

行きたいんだ!!

 

傘を忘れたけれど、雨も上がっている。そういうことなんだ、そういう……晴れ間は、ちゃんと、いつだって、やがて訪れるってことさ!

 

今日は、もう一人素晴らしい人間を紹介。

 

小学校の先生を120%毎日楽しんでいる男

運動会の教師の心構え - 小学校の先生を120%楽しむ毎日

 

彼の特技は「高速メタ」からの「質問」と「どストレートな直感的分析(野生的勘とも言えるかもしれない、ただし、そこの芯には、掘り続けた先には思いやりが必ずあり、どうしたって周囲にプラスやポジティブを巻き起こす)」。

 

(今思うと「コーチング」とめちゃ相性が良さそうだ! とあえてここで言ってみる。)

 

朝、彼からLINEが来て、泣けた(T ^ T)

 

人生は長い。

そのときどき幸せに巡り合ったらいいじゃないか! と思わされる。

 

昨年、共に生きる時間を受け取れたことが感慨深い。

 

みんな忙しい、だから、期待しない。

そう考えると苦しくない。

 

ただ、そう思っているのは全くもって本心ではなく、そう思っているのは理性でしかない。

 

本心は、辛い、苦しい、誰か助けてほしい、賞賛してほしい、大丈夫か尋ねてほしい、なんとかなると声を掛けてほしいと思っている。

 

そこに、ポーンと声をホールインワンしてくれるのが120%の彼だ。

 

ハピペン。おはようございます。

完璧な教師はいない。きっとハピペンはいまなりたい自分になろうと奮戦しているのかな、などと、僭越ながら思いました。


ハピペン、子どもに優しくて自分に厳しいから、自分を追い込みすぎないで。自分にも優しく行きましょう。

 

そんな私は自分に甘すぎて、子どものせいにしてばかり。


ハピペンのブログ見て、昨日、今日と気合い入ってます!ありがとう!

 

特に二つ目のセンテンスがやばい。

ハピペン、子どもに優しくて自分に厳しいから、自分を追い込みすぎないで。自分にも優しく行きましょう。

こう言ってくれる人がいるから、自分のアクセルを緩めることができる。

 

そう思われていないと考えてしまう。

まだまだ足りないと思われている。

お前が至らないと思われている。

もっときちんとしろと思われている。

そういう風に自分を見ているから、自分にかける言葉も苦しいものになる。

 

彼にそう言ってもらって、「自分にそういう設定があったのね?」と再認識させられる。

 

「そうか。自分に厳しいから苦しいんだ。」と理解できる。

 

偶然Facebookでも友人が「自分を大切にする」大切さを語っていたので、掛け合わさってさらに響いた。

 

「自分も大切にされたい」なんてこと、自分一人じゃ想像できない。

 

「自分は大切にされるべき人間だ」とどこかで思っているから苦しむわけだけど、「そんなことは許されるわけがない」と思っている自分もいる。

 

「自分に優しくしていい、自分は大切にされたいって思っていい、自分は甘えていい」ってことたちが、自分の脳からは出てこない。

 

周りに言われないと休めないし、頑張っているか頑張っていないか自分じゃ分からない。

そういう経験が乏しいのだと思う。

 

こんぐらい体が大変だと「頑張った」ということになる。こういうのは、スポーツをやったり、ハードな受験勉強をしていないと身につかないのかもしれない?


健全な他者評価の経験がないというのか……。

 

でもね、今日漢字テストの裏に、終わって暇な人は手紙でも書いといてと言ったら、「ありがとう」「一緒に遊ぼう」が多かった(とりあえず置きにいっているだけかもしれないけど……。こういうところだよね、ネガティブに気づいちゃうってのは)。

 

私が勝手に距離を感じている、距離を取っている。

その感覚の正体は、自分なんじゃないか?と思った。

 

自分が安らげる学級を作れば、子どもたちも安らげるだけなのかもしれない。

 

じゃあ……掃除だな(笑)

 

雑然としているところに、大きな引っ掛かりがあるのかもしれない。無意識のメッセージ、部屋からの、物からの、色からの。こういうのが意外とダメージあるんだよね。

 

ちょっとずつ、ちょっとずつ立て直して行こう。

 

プロジェクトが進む

プロジェクトたちにも、依頼書を書いて、手順を示した。中身は好きでいい、ただ取っ掛かりがないと、モデルがないとまだ思いつかなくて当然なんだ。

管理職の先生と話してそう思えた。そう思える視点をもらった。

「って言ってもまだ2年生だからね」ってやつだ。

 

私は、可愛がりすぎて調教しているのである。

 

 

 

サイテー!!

 

 

だから、それをやめた。可愛がりたいから、のんびり、見惚れることにする。

 

 

「気長に、気ままに。」

 

ポスタープロジェクトの子どもが、みんなへのメッセージを書いてくれた。

すごくいい。自分たちが教室の誰かに、誰もに働きかけるられると感じていくことが大切だ。

 

イイネ!プロジェクトの子どもが、カードをかいてくれた。「渡したいけど、イイネ!をみんなにも知ってもらって、よくなっていってほしい」と言う。

だから「帰りの会で渡す」と決まった。

渡された子は「ジャーナルにすごく嬉しかった」と書いていた。

一生の思い出になるかもしれない(言い過ぎか?)。

 

「自分が自分で自分から誰かを幸せにできる」という事実を知ったら人間はどうなるだろうか?

 

爆発するだろうか?

 

いや、そんなやつがいたら、幸せになる以外道はない。

 

今日は振り返ってみるといい日だったのかもしれない。

今年初の席替えの席移動を私不在で穏便に終わらせていたし。すごいと思った。

 

隣の芝生を見つめて

昨日、校舎内の見回りをして気づいたのだが、うちは最大人数の学級ではない。最大人数の学級は、もう少し雑然とせざるを得ない。

 

「教室が汚い」というところに手が届かないほど翻弄している人もいるようだった。

 

そういうのを知らずに、私こそ自爆して翻弄されていて、自分をよく見せようと立ち回っている。

 

それこそ昨日の通り25日目:いいから目の前の子どもを……見ろ!!! - かならず幸せになれるいきものって話のことなんだ。

 

オレは誰を見てる?

同僚か?保護者か?

 

優先順位は当たり前に決まっている腹をくくれ!子どもファーストだ。

 

それを忘れるな。クラスのみんなよりも、一人の子どもの気持ちファーストだ。一人だった傷ついている方が優先だ。

 

過ちを犯したとして、一番苦しいのは加害者でもあるということが言いたい(賛否両論あるだろうけどね)。

 

今日をだらだらとふんだんに書いてしまった。

 

いや、何って、一番大きな問題は、明日の訪問指導なんだから( ̄◇ ̄;)ガビーン!