かならず幸せになれるいきもの

特別支援×ブリーフセラピー×アドラー心理学

51日目:負け試合

素直な子どもたちとやっちまってるハピペンです。

 

あーやっちまってます。

 

やっぱり、コトバに気をつけないといけない。

 

ありゃりゃりゃです。

 

そして【不適切な行動】に注目してしまう私。

 

私の疲労感もあるのかなあ。。。

 

木曜日。

 

かつては、木5は超鬼門だった。

金よりも木5が鬼門だった。

私の体力がもっていないのかもしれない(笑)

笑えない( ̄◇ ̄;)

 

貯金でなんとかなっているものの、ギリギリだと思う。

 

周りも釣られていくんだもんなあ……。

【適切な行動の子】たちも疲弊していくような気がする。4月の雰囲気にちょっと似ている。

 

流動的に同じ時は二度とないとして、システムは傷つかないように自己修正していくだろう。

 

そうして、縮こまって、凝り固まったらヤバイ。

下手をすると学校っていうのは、一回も話さない友だちなんかもいるのかもしれない。

そういうのがないクラスにとは思っているけれど。

 

それが切れないように、どの子もどの子とも関わり合いのあるクラスをつくりたい。

 

そうなっているだろうか。

そうなっていないように思うし、そうなっていっていないように思う。

 

そうだなあ。。。

辛抱強く、頑張る姿がその人を変えるのかもしれないしなあ。

 

それだけ、共同体だとして、変えるのが一筋縄でない、同士に働きかけているんだ。と思おうかなあ。

 

そんな簡単に、変わってもらっても面白くないし。

みんなは、ストレス耐性が付いてくるし。

やっぱりその違いを受け入れたり、認めたりって最重要だし。

そういう存在もありでいいかと思う。

 

大きなエラーがあったら、過度に反応せず「私の意見を言っていい?」と伺い、教えるしかないのかもしれない。

 

「それは、他の人の命にかかわることだよ。だからふざけてもやってはいけないことだよ。」などと言えばいいだけなのかもしれない。

 

どんな子もいていいってことももう一度思い出そう。

ただ、ジャマはやめてもらいたい。

これは、最重要事項だ。

何か注意をするとしたら、この観点でほとんどを考えよう。

そして、周りに、そう言った言葉が嬉しいか問うていこう。

クラスの目標に向けて、これは正しいのか・正しくないのか。

それをみんなが分かるだけでも良い。

 

お互いの存在から「モデル」を想像して、自分が向かっていければいいのだ。

自分を保つことができるなら、どこでだって伸びられる。

そこを目指すしか、この先伸びる手はないように思う。

みんなブレださぬように。私も含めて。