かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学と甘い毒。(旧:それでも幸せな人はいるから)

56日目:いつだって、捨てる神あれば!

早く出ても、電車が止まってりゃ、意味ないなー……( ̄◇ ̄;)

 

 

ハピペンです。

 

もういやだー。苦しいーっ。

 

今できることをしたらいいか。

 

そう思って生きることにしよう。

 

30分後。

 

いや、ちょっと寝てしまった。

 

今日は、十分に準備ができたわけではなかったけれど、子どもたちは楽しんでくれたようだった。

 

最近のジャーナル

リニューアルで、

  • テーマを与える
  • こんなことを書こうという掲示物
  • 好きなときに書いていい

といったことをしたら、書く量や質が良くなった(当たり前か)。

 

特に、ジャーナルのレベルが昨日辺りから上がって、小さい大学ノートの一行に字を書ける子が増えた。

 

続けることで、6/20ごろに変化が見られるということが分かった。

 

そして、たとえ一行だったとしても、毎日自分を振り返る脳を働かせることが大事。

その脳は使わないと育たないというから、使わせることができていていいなと思う。

 

算数のこと

今日は、

「一年生のときは算数が嫌いだったけど、二年生になって算数が好きになってきた」

と書いてくれた子がいた。

 

とても嬉しい、ただ、それは、一年生の時の先生が、算数が嫌いになったとしても、と、やや強めに、基礎を叩き込んでくれたからに違いない(そう思っておこう)。

 

適っている指導もあれば、適っていない指導もあるのだな、と実感する。

 

良いところはとっておいて、どんどん改善していくしかないなあ。

 

2回目の自己紹介シート

あとは、2回目の自己紹介シートみたいのを書いてもらった。

 

参考にした本

特別支援 その子に合ったサブルート探し―わかる!できる!ための関わり&ツール

 

「先生への要望」のところには「一年間担任でいてほしい!」と書いてくれている子もいた。

 

この子がこう書くのは、昨日、とび箱飛べるようにしたからで、期待してくれているのだと思う。

 

他に「もっと楽しくしてほしい」という子もいた。

 

でも「みんなが、助け合って、認め合って、高め合って」っていうのにはほど遠いなあ。

 

季節で調子の良し悪しみたいのもあると思う。

到底、こちらの声が届かないような様子を感じる。

 

図工なんかは、精を出してやっている。

 

国語のこと

スイミー。

 

感想にあった不思議について意見を交わす。

ノートに絵とセリフをかく。

大変盛り上がりはする。

絵とセリフを見せ合ったり、見たいと歩いて見に行ったり、自然な興味・関心が刺激できる。

ただ、国語を教えられているか?というと気になる。

 

やりたいのは、

  1. スイミーの気持ちを想像できるようにする。
  2. セリフをつけられるようにする。
  3. 主人公が何をきっかけにどうなる話なのか語れるようにする
  4. 物語の全体像が分かり、スイミー風の物語をつくれるようになる。
  5. 比喩を使えるようにする
  6. 感想とその根拠を本文を基にして書けるようにする。

1から4は、リンクするんだなあ。

その読み取りを基にして、感想を書く。

4の条件に純粋に5を入れるようなイメージで、全部を達成できるだろうか。

 

比喩がある文とない文を比べて、楽しい気分が変わるかなども、実際にロールプレイをして試してみたいなあ。自分も体験してみたい。

 

たとえの面白さを実感できたらいいのだろうなあ。。。

 

【パセージ】のこと

昨日こんなことを書いた

注目の仕方を変えよう。

【パセージ】を生かした方がいい。

家での様子に変化があるようだった。

そこを増やしたい。

もう少し、信じた先に何かあると思う

この視点で意識的にかかわっている子については、大勝利だった。

 

全時間45分座って学んでいた。

久しぶりに見たような気がする。

 

課題は尽きない

しかし、あちらを立てればこちらが立たずはある。

「犠牲になっている良い子」が数名いるはずなのだ。その子たちをどう救うかを考えなくてはならない。

 

ただ、課題の分離的には、私だけの課題というわけでもないように感じる。

私が改善しようとしすぎるのは、フライイングだと思われる。

 

インクルーシブ的には、そういうその子なのだ。どう受け入れるか。

それを共通認識として、みんなでもちたい。

議題箱には、そのことが入っていたので、それを取り扱いたい。

ただ、次のクラス会議までが長く感じるので、その前に手を打つ必要はあるように思う。

 

大概、私は「捨てる神あれば、拾う神」なのだが、それで、のんきにやっておけばいいだろうか。

 

気にしすぎだろうか。

 

今のところは、気にしすぎなだけなことが、多いのだけれど。

 

はてさて。。。