かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学と甘い毒。(旧:それでも幸せな人はいるから)

57日目:キタキタキタキタキターーーー!!

かもしれない。ハピペンです。

 

便秘とかでなく……。

 

 

今日は回った!

回ったのは、私の目ではない。

子どもたちが自分から動き、とにかく、回った。

 

道徳では、人の意見を聞いて、話し合えて面白かった。

面白いことが起こっている!それをみんなでちゃんと楽しみたい。

盛り上がるところを掘り起こして、話し合えばいい。

たぶん、言いたかった意見も「その面白い話の中で言いたい」に変わる。

 

言えればいい子は、そこで言わせなくてもいいってことが分かってきた。

 

生活では、5年生のご好意で育てている生き物を観察させてもらった。これは、意欲がめちゃ高かった!

 

給食もノータッチで、自分たちで配膳し、食べ始められた。その間、私はろう下で話を聞く……。

 

プールで発散!

いつも、来ない子が近くに来たように思う。

遊びたい我慢している気持ちをもっと連れ出してあげたい。

 

遊び倒せる仕組みをつくろう。

そのために、頑張ってみよう。

来週は、休み時間遊ぶための仕組みをつくれるかチャレンジしてみようと思う。

 

成長の視点こそ肝

これがなかったら、その子はなんのために頑張ったんだとなる。

 

不適切な行動によって、注目を得ていたその子は、ここ二日、全くもって模範的な振る舞いをしていた。

 

素晴らしかった。

 

それについて「なんか気づかない?」とふる。

 

それに、プロジェクトがきちんと食らいついて、帰りの会で認めてくれる。

 

いい連携だと思った。

 

先陣を切った「気づき家」たちの気づきによって、後陣のくすぶっている「気づき家」たちが、触発され育つ。

 

承認によって、所属意識が芽生える。学力の問題ではない。

「自分は、あんたたちに、認識されてんのね!」という喜びである。

 

その接続にこれだけの時間がかかるのだと思い知った。

 

そして、その子もまた先陣の仲間入りをしてくれるといい。

 

猛烈な感謝をされる

今日は楽しかったらしい。プールというチート、国・算がなかったというチートも使っている。

 

(く、苦しい。そして、く、悔しい。)

 

基礎教科をもっと上手になりたいです……。

 

今日のジャーナルに、

「このじかんわりをつくってくれてありがとうございました!うれしかったです。先生ありがとうございました。先生にイイネ!」

と書かれていた。

 

どの時間割でも、こう思ってもらえるように頑張らねば!!!

 

今日はもう一つとんでもない発見をした!

と思っている。

 

「アドラー心理学」と「ブリーフセラピー」の接続に成功したかもしれない。

 

それで、一件指導を入れた。ろう下で話していたことだ。

 

来週の結果によっては強いツールだと実感できそうだ。

 

あと、この記事大事だ。

どれかがかけていると、その指導の承認は得られない。

【ゴールイメージ】

第1回「学級経営」全国大会(日本授業UD学会) - かならず幸せになれるいきもの