かならず幸せになれるいきもの

幸せな子ども時代を過ごす子どもを増殖させるための哲学と甘い毒。(旧:それでも幸せな人はいるから)

67日目:さらなる安定……。

いやー最近の雨ったらすごいね。降られることに慣れたいハピペンです。

 

帰り道【心理療法の効果的要因】の話を思い出した。

治療外要因(40%)
共通要因(30%)
期待要因(15%)
理論・モデル・技法要因(15%)

ブリーフセラピー(おかわり) - かならず幸せになれるいきもの

解決の40%は、私の決して届かない場所で起こるのである。

 

どうあがいたって、この40%の協力が不可欠ってことだ。

 

からぶることも少なくないのだけれど、ヒットすることもある。

 

今回もそのケースだと思った。お家の方がまず変わろうとしていると感じた。

子どものために舵を切って本当にすごい。

それで、子どもが変わらないわけないのである。

 

この40%は、私の力なんて全然及ばない。

 

祈って、願って、仰いで、変化が起こることを期待しているしかないのである。

 

さらなる安定

今日、ここに来て、クラスのまとまりを強く感じた。

 

静かに聞く力がついて来ている。静かをつくることに慣れ始めている。

静かが嬉しいってよりは、そういう自分をコントロールできる成長が嬉しい。

 

3つをタイミングよく使えるかが鍵だ。ある意味賭けでしかない部分もあって情けないのだけれど。

  • 待つこと
  • 一つ一つを続けること
  • でも反対に思い切って変えること

この3つの重なりがよかったとき、クラスがよい雰囲気になる。

 

今日良かったのは、やれるといいなと思ったことを、子どもたちがやれたからなんだろうなあ(授業準備がそこそこ良かった)。

 

一番は、私の根っこにある不安が和らいだからかもしれないなあ。。。

 

私が安心できたなら、子どもたちも安心してそこにいられるってことだよね(当たり前だけども)。

 

4回目のレク

前のレク係は、周囲の「やりたくなーい」の声に、解散してしまった。

 

できたレクは2回だった。

 

そして、新生レク係。前回は、11人だったが遊べていた。

 

そして、今回、再び周囲の「やりたくなーい」があった。

 

一瞬中止になった。

 

「やれる人でやんなよ」と声をかける。

 

すると5人集まった。

 

「じゃあ、行こ、行こ」と言って、外に向かった。

 

それでも「やる」ってなれば入ってくるもんなのである。その感覚をレク係は覚えてほしいなあ。

 

真似なんだろうけど、参加者の意見を聞きすぎなのである( ̄◇ ̄;)

 

最終的には16人がやっていた。

前回より増えているじゃない?いいわよ。

 

そして、ゲラゲラ笑うシーンもあったり、めちゃめちゃ汚い言葉を使っていたり、教室で静かな子が叫んでいたり、とても良かった。

 

そうだよな、子どもはそれだよな、って思った。

 

授業中は、思った以上にお客さんやってくれてんだなあ、って思った。

 

彼らをまた一つ好きになった。

もっと遊びたいって思った。

幸せだった。

 

コイツらいいやつだなあって思った。

 

またレクがあるといいなあ。

 

反省としては、4、5月にもっと教師主導でレクをやれば良かったってことだ。

 

子どもたちから発案させて、やりながら学んでもらおうとしすぎた。

 

今日もドロケイをやっていて、「範囲を言い忘れた」とか「牢屋の場所がよくなかった」とか気づいて、そうすれば、次うまく遊べるよねと言っていたが、モデルなしで、そのチャレンジをして大変なことになっているのは、見ていてちょっと酷だった。

 

まあ、その激流の中で学びを勝ち取れる立派な子どもたちだろうっていうのを信じて託すか。。。

 

思い返せば……

4月から子どもを見てきて、注目する子どもが移っていった。

 

最初は、おしゃべりの源泉が気になっていた。

 

【Aさん編】

適切な行動に注目しまくったら一週間ほどで、こちらの言葉かけが入るようになった。

 

【Bさん編】

他クラスの子からもちょっかいを出されてしまう子。お家の方と何度かやり取りをした。一旦収束している。パート2がありそうな気配はある。

 

【Cさん編】

長編だった。3週間ほど意識して注目した。

今では、2週間適切に活動して過ごしている。

ただ、注目を怠らないなあという印象である。

 

【Dさん編】(現在)

こちらも終息しはじめている。もう一週よく見ないとというところ。

 

ちょちょい外伝のEさん編もあるが。。。

 

まあ、それで、うまくいけば、本当に最終週はみんなで笑い合えるんじゃないかって嬉しい気持ちがある。

 

みんなで「3ヶ月過ごしたみんなへ、8月30日のあなたに」ってテーマで、一言ずつ書かせようかな。

 

夏休み前最後の通信はそれでいこう!

 

対話の時間を手に入れることができるかが勝負

なんであれ対話ありき。

真の成長というようなものは、対話の中から【内発的動機】が刺激されてしか起こらないのだろうなあと痛感する。

 

刹那的な行動だけの変化はいくらでも起こせるとして。

 

その紡いだ約束だけが、次回に続くのだった。

なんでもかんでも、恐怖で抑止させれば、その止まったままの時間からスタートする日が来るわけで、早めに早めに【上手に失敗】させて、育つってことができるといい。

 

今週になって、ようやく、給食当番に、配膳担当の大人へ意識をもたせることができた。

 

給食のワゴンを取りに行ったときの挨拶の定型文があると思うのだが、「どうしたら、気持ちよくワゴンを渡してくれると思う?」と聞いたら、あれこれ考えていた。

 

月曜日に考えた挨拶は少し長かった。

そして、火曜日にシンプルになって「(せーの)こんにちは!◯年◯組です!(せーの)感謝をこめて、いただきます!」といってもらっている。

 

自分たちは、あいさつで、誰かを笑顔にできることを知ったと思う。

 

来週のグループはどうなるか楽しみ。

 

そうやって、対話をして、他者を意識させて、実際に行動させて。

 

それらを見守るには、そこそこゆとりがいる。

時間という物理的なものもそうだし、気持ち的なところも大きく関係する。

 

あと9日間しかない。

そんなに劇変はさせられないだろう。

 

ここまでやったことを振り返って、丁寧に繰り返そう。