かならず幸せになれるいきもの

特別支援×ブリーフセラピー×アドラー心理学

78日目:早急に「ファシ力」が必要ダス

暑い!夏い!ハピペンです!

 

出ましたね「【Amazon.co.jp限定】ALL TIME BEST (完全生産限定盤)(A5クリアファイル(Amazon.co.jp 絵柄) 付)

3枚組です。

 

あの頃のあんな曲やこんな曲が流れて、ジーンです。

 

特に「ballade best」は、再録で、今のUVER力で、アレンジされていて、懐かしくも新しいめっちゃ耳が幸せなアルバムになっています。

 

っとー急に何を語りはじめてんだか。

 

そこそこ、当たりの研修

さて。

 

今日は、一日研修でした。

よかった!よかった!

「アクティブ・ラーニング」が叫ばれ始めたからか、眠くなりにくい研修が増えて嬉しい。

 

まあ、でも、学べているか。

これは別の話で、振り返りありきだと思います。

 

本当に明日から使えるものにするには、学んだことを自分の中で再構築できるかが大きいだろうなあと思う。

 

使うための学びに変えないとホント今日のは、なんのためのコストだったんだよ!ってなります。

 

それでも、きつい

最後の2H半、それぞれが持ち寄った悩みについて話し合う時間だったのですが、きつい!めっちゃきつかった!

 

世話役の人の独壇場でした。

 

悩みの言葉に対して、思いついたことを話される時間でした。

 

全員が来月からうまくいかなかったら、今回のせいだと思うわ。

 

みんな、自分の軸を確かに飲み込まれないで、子どもたちを見るんだ!と祈るしかないなあ。

 

ファシリテーターによって、参加者は絶望に追い込まれると実感した。

 

そういう意味では激しく学びになっているが。。。

 

ああ。。。

 

自分も「ファシ力」が必要だと思った。

それも、早急に。こんな風に被害者を出しちゃ絶対にダメだ!!!

 

問題行動に振り回される教師たち

学校の怖いのはね、学級がうまくいかないと、別の先生に指導法を固定され、学級を奪われてしまうことなんだ。

 

周りの人たちの話を聞いて、そういうことになっているなあ、という人がチラホラ。

 

職員室の人に相談しても、相談する人を間違えると「3K」の助言が降りかかってきて、子どもを潰すことになる。

 

「3K」=「経験」「気合い」「勘」

である。

 

たとえば

「手をあげてしまう子」がいるとする。

 

この子への対応の緊急度は、いくつかに分かれる。

 

手を出された子ども自身やお家の方から声があがるまでは、どちらかとフライング気味になるので、様子を見ることも少なくない。

 

しかし、もちろん目はこらし、手を出されている子に声をかけたり、手を出している子にも声をかけたりする。

 

それでも、度々指導するにもかかわらず、止まないとなると、教師の側も躍起になるだろう。

 

ここで、選択肢が現れる。

  1. 厳しく、怒りが伝わるように、本気で伝える
  2. 問題行動はパートタイム、何かやる理由があるはずだ、それでもとにかく止めるためには、とにかく張り付く

 

私は、この度は「2」をとった。

手を出さずに済む時間を、私がそばにいることで1週間つくった。

 

これは簡単なことではない。

周りの子へもアナウンスがいる。

今、私もその子もピンチなのだと。

ここが変わらないと、私たちは先に進めない!と。

 

私と過ごしたいということがあったら、そっちから側に来てくれ、と。

勉強も漢字も見るよ、外に持ってくればいいだろう!と。

 

お陰様で、手を出すってことは止んだ。

実は、「2」を選んだことで一石三鳥くらいのバックがある。

  1. 手を出されたって情報がなくなる
  2. その子との関係ができる
  3. チャイムで戻すかもできて毎回ほめる、次週からチャイムで自分で戻れるようになる

など。

 

私の目が無いせいで起こっていた「悪循環」のすべてを断つことができた。

そして、良循環をぶちこむことがてきたのだった。

 

脱・3K

今年に入って、【パセージ】や【ブリーフセラピー】の学びが加速していて、「経験」「気合い」「勘」よりは、それぞれの知恵がもつ「概念」「技術」「構造」で、指導を見つめることができるようになってきた。

 

ちゃんと、理論があって、自分の言葉を選んでいると自分で感じられることが増えた。

 

「叱る」or「誉める」の論争からも脱出気味である。

 

とりあえず、

  • 嬉しい
  • ありがとう

を乱発できればいいと思う。

 

最初は感情が言葉に乗っからなくとも、言っているうちに笑顔で伝えられる日が来る。

 

そして、もし、心苦しく醜く注意をしてしまっても、「気持ちづくり」の言葉掛けでフォローしたらいい。

 

自分のミスを埋める振る舞いの予防線をいくつも手に入れたので、児童指導が楽になった。

 

この迷いがなくなったということは、年度の最後まで自分が学級を導ける可能性が高いってことだ。

 

途中で指導を奪われる確率が激減ってことだ。

もちろん方針なんかは相談することがあったとしても、どう子どもと正対するかは任されることになる。

 

一般的には、クラスが乱れてきたら厳しく締めないとってことらしい。

 

なぜ?

何のために?

意図は?

根拠は?

 

もちろん、子どもは行動を止めるだろう。

 

しかし、それは「止めただけ」である。

 

そこに「成長はない」。

 

そう。

実際は、それで、「成長するかどうか」。

 

これだけ、自分の胸に問いかけておけば、間違った指導は起こりにくい。

 

目的は、何かを「止めさせること」ではなく、「成長して、不適切な行動がなくなって、環境に適応できるようになること」なのだ。

 

成長のない子どもはいない。

成長させる方法はある。

それをしないで、何かを止めたってことは、成長も止めたってことなんだ。

 

そのまま大人になることこそ、後々の不適応につながるのだと思う。

 

また「全ての行動は適応行動である」というパラドックスもある。

 

その不適切な適応に介入して、子どもの行動に変化を起こすのは簡単なことではないが、必ず手はある。

 

必ず手はあると知っていれば、やがて答えにたどり着ける。

 

と、帰りの電車で熱くなってダラダラと書いてしまった。

 

もったいない児童指導が、まだまだいくらでも起こっているのだなあ、と実感した。

 

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