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特別支援×ブリーフセラピー×アドラー心理学

ブリーフセラピーの前提となる理論【3つ】

ブリーフセラピーの核となる考え方が3つある。それをまとめておく。

 

ブリーフセラピーは、

  1. システム論
  2. コミュニケーション理論
  3. 構成主義と社会構成主義

これらの【3つ】の理論を背景としながら、見たり・考えたりしてセラピーを行う。

 

以下の内容は、こちらの本から引用しています。

Interactional Mind〈8(2015)〉

Interactional Mind〈8(2015)〉

 

 

  1. システム理論

システムとは、複数の諸要素が集まってひとつの働きを生むまとまり

 

要素は個々の人間、属性はコミュニケーション

 

ある目的をもったコミュニケーションが存在するところにシステムがあり、システムはコミュニケーションによる相互作用で結びつき、ある性質の関係を形づくる

 

そしてコミュニケーションによる相互作用は、そのシステムが置かれた文脈の影響を受ける

言葉が堅いと分かりにくいですが、「職場の性質」や「コミュニケーションの様式」によって、人間システムができあがっているということです。個々ではあく、あくまで複合的なシステムで捉えるということ。

 

特長が3つあります。

  1. 全体性
    部分はシステム全体に影響を与え、全体は部分の総和以上の機能をもち有機的に動くという性質

  2. 自己制御性
    システムの安定を保つために、問題が起きてもシステム自身ができるだけ逸脱を減らそうとする性質

  3. 変換性
    環境の変化に合わせて、自分自身を変化させていく性質

この理論のお陰で「問題が個人の問題ではないということ」や「問題を解決するように動いていると信じること」ができる。

 

学級で考えてみると、たまに聞く「一人ずつ関わるとみんな良い子なんだけど、集団になると難しい」と言われる背景にはシステム論が当てはまるように思う。

 

学級集団は、学級集団として「全体性」をもっている。一人ひとりがシステムに影響を与え、部分の総和以上のうねりを生み出す。

それらに呼応するように学級は自己制御されていく。反応に対して反応する。といったように循環が生まれる。

その循環に適応していくように変換を繰り返す。そうして、自身が常に更新されていく。

「これが集団の中での育ち」ということなのだと思う。

循環が「発達段階」や「所属する一人ひとり」や「大人になるときの実社会」に応じているかによって、「良循環」か「悪循環」が問われる。

これが「良循環」であったとき、良い教育ということになるのだと思う。

 

コミュニケーション理論 

ブリーフセラピーのコミュニケーション理論は、ベイトソンの理論に基づく家族療法のコミュニケーション論、「語用論」に基づいている。

キーワードは3つ。

  1. 拘束
  2. 文脈
  3. 5つの試案的公理 
  1. 「拘束」という概念
    「拘束」とは「任意のメッセージは、それを受け取る者の反応を一義的には決定しないが、その選択幅を制限する」
    相互拘束
     コミュニケーションは相互作用であるために、相互に制限し合い、拘束し合う。自分の行動は相手に影響を与え、自分の行動の影響を受けた相手の行動から、自分はさらに影響を受けるという相互的、循環的な連鎖である。相互拘束の結果として、コミュニケーションの連鎖が生じる。そして、相互拘束はパターンとして固定化されていく。

  2. 文脈
    人の行動を拘束sるうものは、言葉の意味です。すなわち、人が相手の行動を受けて、次にどのように行動するかは、その受け手が受け取った意味によって決まる。さらに、受け手がどのような意味で、相手の行動を受け取るかは、言葉と受け手の置かれる状況によって規定される。
    文脈とは「ある刺激を解読するために用いられるあらゆる情報の源泉」と定義される。相手との関係、置かれている状況、場面、背後にある事情、敬意、文化、時代など背景となるあらゆる情報を指す。

  3. コミュニケーションの5つの試案的公理

    ①人間はコミュニケーションしないでいることは不可能である。(すべての行動はコミュニケーションになりうる)

    ②コミュニケーションは内容と関係のレベルをもち、後者は前者を分類する。関係レベルのコミュニケーションは情報に関する情報なのでメタコミュニケーションである。

    ③関係がどういう性質をもつかは、コミュニケーションの当事者間のコミュニケーションの流れの区切りで決まる。

    ④コミュニケーションでは「デジタルモード」と「アナログモード」の両者が使用される。
    ・デジタル:言語→内容
    ・アナログ:非言語(姿勢、表情、抑揚、言語の順序、リズムなど)→関係

    ⑤すべてのコミュニケーションの相互作用は「相称的/シンメトリー」または「相補的/コンプリメンタリー」のいずれかがで、前者は同一性、後者は差異に基づいている。
    ・相称的:対立、拮抗、信頼し合うなど、同じ行動を取り合うコミュニケーション
    ・相補的:ワンアップーワンダウン、支配ー服従、質問ー返答、命令ー実行、ボケーツッコミ、教えるー習うなど、両者が異なる行動を取り合って、相互作用を形成するコミュニケーション 

これらを基に、介入していく。介入は、システム内の誰かの行動を変化させることで、それぞれの拘束のされ方が変わっていくことを目指していく。

 

また、これらのコミュニケーション論は、コミュニケーションを俯瞰するのに役に立つ。

これらの見方を知っていると、自分が何をしてしまっているか、相手に何をさせてしまっているかを分析することができる(難しいけども。。。)。

 

子どもたちが使う言語も、どこからかの「拘束」を受けて、「文脈」に応じて、「公理」に則って使われているということだ。

「う○こ」と叫びあったり、「シネ」と言ってみたり、「えー」と不満を露わにしたり。これらは、すべて「何かしら・誰かしら」からの「シゲキ」に対する反応なのだ。

 

ところで、twitterにおけるやり取りにおける齟齬について公理の②で考えてみると腑に落ちるところがある。すなわち、②のメタメッセージ(関係レベルについての情報)が分からないまま言語(内容レベルの情報)のやり取りをすることで、内容の受け取られ方が変わる。twitterでの齟齬は、このメタメッセージがないから起こるのだと考えられる。

 

構成主義と社会構成主義

構成主義では「現実は発見されるものではなく、発明されるものである」と考える。客観的現実そのものがあるのではなく、現実は外的世界に対する行動を通して構成されていくものであり、現実とは多面的なものであるとする。

 

ちなみにwikipediaからも引用する。

構成主義

構成主義(こうせいしゅぎ)は、学習者たちがある対象について、彼ら自身による(それぞれ違った)理解を組み立てるようなかたちで教育すべきである、あるいは学習者たちの中に既に存在している概念を前提に授業を組み立てる必要がある、という学習・教授理論を指す。

社会構成主義

人間関係が現実を作るという考え方である。現実、つまり現実の社会現象や、社会に存在する事実や実態、意味とは、個人の頭の中で作られるものではなく、人々の交渉の帰結であると考え、言語的に構築されるという社会学の立場である。

wikipediaより

 

まず、構成主義とブリーフセラピーについて。

構成主義? だからなんだ、って話なんだけど、それは「どうして問題は起こるのか」という超重要な部分に関係する。

問題や病理でいえば、個人内の未成熟性や深層心理的病理はもちろんおこと、家族内の不適切で病理的なコミュニケーションや構造といった絶対的、本質的病理がそもそもあって、その病理によって人は行動している、とは考えない

お互いの行動による相互拘束の結果、問題や病理という現実が構成されていくと考える。

相互拘束のあり方が「相手に問題がある」という現実を構成していく。

つまり、相互拘束のあり方が変われば「相手に問題がない」という現実を構成することができる、ということです。

 

人は受け取った情報に対する「意味づけ・解釈」に従って行動する(拘束される)と考える。

この「意味づけ・解釈」に介入することができれば、問題が解決に近づく。

 

社会構成主義とブリーフセラピー

社会構成主義では、現実とは人々の社会的相互作用のなかでの言語(対話)を通して合意(同意、交渉、肯定)されていくものである、というように考える。

これは、個人的には、感覚的に理解できてやばいことが書かれているように感じる。

「現実はいつも合意によって偽装されている」というような感じがしてくる。

戦争や不幸はそうして積みあがった人々の合意なのではないか、と感じてしまう。

恐ろしい。

 

だからこそ、コミュニケーションを見つめて、今、自分が何をしてしまっているのか、何をさせてしまっているのかを見つめられるようにしたい(なかなかできないが)。

 

問題や病理という現実は、その社会のなかで事実として共有されていった言説であると考える。

出来事そのものが問題という性質をもっているのではなく、会話によって問題という現実が構成される。

私はよく「トラブルは成長チャンス」と自分にも保護者にも子どもにも言い聞かせながら前向きに取り組むことで心を保っている。この「トラブルは成長チャンス」は、この言説をネガティブなものからポジティブなものへとリフレーミングすることに成功している言葉だ。

 

ある言葉がどのような意味をもつかということ自体、ある社会のなかで合意されていった価値観の影響を受けている。

たとえば、ある社会によっては、ある子どものその(問題)行動は「ひとつの教育方針」として認められるかもしれない。

このように見ることで既存のフレームは、フレームにすぎないため「再構成することが可能」と考えることができる。

 

もう一つ大事なことを書いておく。

現実構成に際して

構成主義は「個人の行動が本質的役割を果たす」と考える

社会構成主義は「言語を通じた社会的交流こそが本質的役割を果たす」と考える

この二つは相互補完的関係にある。

余談だが、構成主義や社会構成主義を背景に「ナラティヴ・セラピー」も生まれたのだそう。

 

今回は、単にこの3つ

  • システム論
  • コミュニケーション理論
  • 構成主義と社会構成主義

を紹介する段だったとしておく。

 

ずっと自分のブログにほしかった情報をやっと書けてちょっと嬉しい。