かならず幸せになれるいきもの

特別支援×ブリーフセラピー×アドラー心理学

166日目:やはり猛攻(攻撃の手を緩めるな!)

朝は風がなかったのだけれど、夕方はビュービューやんけ!!ハピペンです。

子どもに「外寒い?」って帰りに聞かれて、「風なかったから、今日はあったかいんじゃない?」とホラ吹いてしまった。

 

まあ、いいか。書くと、どうでもいい気に思えるから不思議だ。

 

書き換え、書き換え

面談の重荷がなくなって、ナチュラルに子ども見られる。ストレスフリー。

そうして「書き換え」のことばかり考えている。

 

月曜は、このクラスにあるストーリーを書き換えたかった。

  • 「ぼうりょくがあるクラス」ということ
  • 「授業中にうるさいクラス」ということ

この二つを数値で測ろうと考えて、授業ごとであったり、一日のどこかで聞くことにした。

 

そこから分かったことは重要だった。

 

それは「いつもではない」ということだった。

 

クラスの雰囲気が、少しだが「例外があること」に気がつき始めた。

 

見方を変えれば、その子は変わる」ということ。

そうだ。おそらくそこから、一気に見方が変わった。「その子が特別なのではなく、私たちが特別にしてしまっている」というような。

 

朝、ある子について、語った。その子は実は女の子にはぼうりょくをふるわないということがあった。そんな風に、見方を変えれば、違う一面が見えるということを話した。

 

そして、急激に物語は変わる(急激に変わったものは、また急激に後戻りするとしても)。

たとえば、その子の良い姿を見つけて友だちが言ってくれる。その子は「今日は良いのことをしようと思って学校に来たかいがあった」と言ってのける。

 

その子を助けてくれる子にもストーリーがある。面談で、その子だけは無理と家で言っている子だった。

しかし、今日、この「5ステップ目」をその子にも適応した。

144日目:【5ステップ】暴力を止めるステップ - かならず幸せになれるいきもの

すると、一番に名乗り出たのは、家で無理と言っている子だった。本当に子どもの言葉というのは、分からないものだ。

 

もう一つ懸念のあった話題があったが、その二人は、今日は私の膝に乗ってきた。仲が悪いとは言えないのではないだろうか。

 

さらに、今日は今までで最高のドッジボールができた。

誰も泣かない。誰も責められない。全員満足した終わりだった。

  • ボール嫌いのあの子が2回相手を当てて、ガッツポーズをしていた記念の日だ。ボールを作った人に死んでほしいと願っていたあの子が。

 

どうして楽しめたのかも聞いてみた。すると財産になるような答えが出てきた。

  • 相手が目の前にいるときは優しく投げて当てていた
  • ずるがない
  • よいプレイに反応(フォロー)があった(ハイタッチだそう)
  • とり合いしないでパスがあった
  • 作戦を聞いてくれた
  • うっかりしていてアウトしそうだったのをキャッチしてくれた
  • やり直しに気がついて行動する(淋しそうな表情だったから謝ったのだそう)
  • サポート、教えてくれた
  • ボールをかしてくれた

ああ、なんてあったかいドッジボールなのだろう。結果も4VS.3で実に良かった。今日やった組み合わせでは「1勝1敗1引き分け」で実に面白い(だけど、次回は変えてほしいのだと)。

 

文づくりのスピードの違いに対して

どうしようもこうしようもないのだけれど、とにかくタップリめの時間があるとは思っていて、バッファ的な時間を多く用意した。

今日も2時間ほど「終わっていない課題をやる時間」として、授業を彼らに委ねた。

どうしても早く終わってしまう、というような子はいて、その子たちは「クリスマス会の準備」などといったこともするのだけれど、なんかなあ。でも、このバランスがクラスには合っているようで、たとえば明日発表だとすると、そこに向かって、なんだかんだと着地しているようだった。仕上がりが楽しみである(あれだけ書かなかった子も、今回は書いていたなあ、特段魔法があったわけではなくて、やってと言っただけ)。

 

3人に発表の練習を聞いてもらってアドバイスをもらってと言ったら、見事にアドバイスのやり取りをしていた。しかも、その後それが生かされて改善されているので驚いた。

焦点化が良かったのだと思う。

「話す・聞く」で、

  • 目線
  • スピード
  • 大きさ

を見ることを伝えて、練習してくれた。「今回は読むじゃねー!話すだ!」と叫びながら。

 

算数もバッファ。ドリルをやって、終わった人はプリントそれも終わったら、気長にしていてという感じであった。

振り返りに「解けなかった問題が解けて嬉しかった」という言葉があって嬉しかった。

 

でも、ろくに注意をしないで(全くというわけではない)、よくここまでこられたと思う。信じるものを信じてきてよかった。逆にどんでん返しももちろんあるかもしれない。それでも、やっぱり、子どもたちってのは、信じるかいのあるものだよ。いいクラスはあなた方で作れるのだということ。分かってくれてきていると思うのだ。

 

あと2日のときに、何言ってんだかってね。