かならず幸せになれるいきもの

特別支援×ブリーフセラピー×アドラー心理学

169日目:やはりいろいろなことを思い出す

せっせと年賀状を書く。ハピペンです。

  • 相手の住所を書き
  • 自分の住所を書き
  • メッセージ

ここまで、書くと62円以上の価値になった感じがする。ハピペンは15分500円くらいの給料なので、200円くらいの価値にはなったような気がする。

 

年末忙しいっすね。先生が走る。師が走る。師走です。あんま走ってはないけど。ちょっと廊下走ったかな。

 

普段と違う脳の使い方で、また別のことを思い出す。

 

私が教師をやりたい、というか、仕事をする動機の一つに「人間生活」があった。

 

私は、20歳のころは、人間について考えることが好きだった。特に、すべてのものは相対的であるということを信じて、ネガティブをポジティブに捉え直すことを生きがいとしていた。

無職の時期もあったし、飛び込み営業が辛すぎた時期もあったし、バイトのダブルワーク・トリプルワークで疲れまくりな時期もあった。

 

この中でも無職の時期に思い知ったのが、この時も人間についていろいろ考えたのだけれど、結局何も起こらなくなる日がやってきた。何もしていなくてもいる自分は、何をしてもいいことに気がついた。ただあることのつまらなさを感じて、人間を考えるには人間との関わりがなければならない。「もし私が思考することを哲続けるて、楽しむには、人とのかかわりが必要である」と思い知ったのだった。

 

あとは、動くしかなかった。

 

そして、教師であれば、人間について真剣に考えことを仕事として続けられると思った。案の定いろいろ起こる。正直考えることを忘れるくらい忙しい。しかし、あくまで、仕事は手段であって、人間の営みを考察するための材料でしかない。

 

そういうのを忘れていた。けれど、そういう風に、仕事を別の目的のためのものと見ているから、一段距離を置いて起こっていることを見られるのかもしれない。

 

だから、何が起こっても楽しい。人について知ることができる。こんな幸せなことはない。

 

今は、前よりも豊かな「見方・考え方」を手にした。ポジティブに捉え直すのも下手ではない。リップサービス的になってしまうかもしれないが、それが好きな人もいるみたいだ。

 

ハピペンと話すと「生きるって楽しい」って思えるって人が増えるのが、私は一番嬉しい。

そして、それが信仰的なものではなく、自分の考え方、ストーリーの見方が変わって、自分を生きることが楽しいって思えるから楽しいだとなお良い。

 

そういうコンテンツや技術を身につけられたらいいなあ(ただの、コンサルじゃん、と言わないでほしい、まあ、そうだもんね)。

 

いつかの自分に言いたいのは、お陰様で楽しくやってるよってこと。あの頃に比べたら、私は随分生きることを楽しんでいると思うわけだ。

 

生きるって楽しいじゃん!

 

「そうよ、目的さえ忘れなければね。」

 

明日から、新しい明日を生きる。

おめでとう私たち。ありがとうあなたと私。

そして、ここまで出会ってきたすべての人々。

私たちをつないでくれた、これまでの人々。

これから出会う、すべての人々。

ハッピーを運ぶから好き勝手に待っているといい。「人は生きてさえいれば『かならず幸せになれるいきもの』」という言葉を胸に。