かならず幸せになれるいきもの

特別支援×ブリーフセラピー×アドラー心理学

187日目:いつも今が一番面白い【リーダーシップの話】

帰りは雨かー。ハピペンです。雨が冷たいよう。風邪ひいちゃうよ🤧

 

 

「ストーリーを終わらせにいく」

さてさて、今日のハピペン。

「ストーリーを終えにいく」

という印象。

わざわざ終幕に向かっていく、余白なしで、最終回みたいな約束をする。

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いろいろと試行錯誤だ。

 

暴力について、強い決断をした。

約束をしてみた。

「もう注意をしたくない。自分で気をつけると約束して頑張ってみて」と指切りをした(もう少し文脈があるけれど。

 

まあ、また危ういが、変わる可能性があるなあと思った。罪の話も少しした。

 

ストーリーを終えるには、まだ早いが、番外編を視野に入れるとそろそろ終わりに向かっていっていいだろうと思っている。だから2月はラスト一ヶ月だ。

3月の第1週に最終回があり、残りは特番でいいやって感じで、そういう余力を残すイメージで閉じていきたい。どうせ慌ただしくなるからね。「足りない」くらいになるだろう。

 

他には、リーダー論を話した。

  • リーダーには一人ではなれないこと
  • リーダーは少しリードしている人、その人の話を聞かなかったら、あなたたちも進まないこと
  • みんなでリーダーを決めたのだから従った方がいいし、何かあるなら意見として言うこと

など、理想的なことだけバンバン言っておいた。今回の体験では、理想の型もなしで任せてみると、衝動性の高い子に破壊されることが分かった。全員を全員が正しくさせようという動きを起こし、空中分解。面白いが、時間がない。ある程度のフォロワー意識とチームとしていろいろな人間がいること、あるタイミングになったら呼んだ方がいい子がいること、そういうアグレッシブな子がいないことも意思決定の場にいないことも意思であり、しかし、決めごとの際は意見を聞きながら進めるのが限界かもとした。しかし、来れば拒まぬこと。結局は、はじまればちゃんとジャンケンをし、役を獲得し、役割を果たしていた。それでよい。本当は座って話を聞いて決定の場や流れに参加していだ方がいいけれども。

 

リーダーを育てることが求められているといろいろなところで聞き、そのくせ教育現場はフォロワーばかり育てていると揶揄されるが、良いフォロワーが育たなければ良いリーダーもできないんじゃないかと思った。

 

ん?

しかし、今の今30秒前まで、そう思っていたが、良くないフォロワーがいるからこそ、対立があり葛藤があり、良いリーダーと良いフォロワーを同時に育むチャンスが生まれるのかもしれない(ここ超大事だ)。

 

さっきまで、

「良いフォロワー→良いリーダー→良いリーダーのモデリングによるフォロワーのリーダー化」

なんて思っていたのだけれど、これはぬるい。良いフォロワーの中でのリーダーってなんだよ。そんなんぬるぬるだわ。

手強い、手こずる、一筋縄ではいかない。そういうフォロワーたちをどうするかこそリーダーシップだ!だから、対立も葛藤も激しい。「なんでこうなるんだよ!」って泣きたくもなる。

 

その後は決まって、「不満の全出し→リーダーの良さ、悲しんでいる人の気持ちを代弁」を通じて、「たぶん、あとはどうすればいいか分かっていると思うから、もう一度やってみよう」と言うと、だいたいできる。アグレッシブを除いて。アグレシッブに対しては、別の処方箋がいる。そこにまで目を配って、場を回すことは困難であろうと思うので、私が担当する。4月に求めていた形も実はこれだった。全体を子どもに回し、私は助けが必要な子を見たかった。ただ、全く、そういうわけにはいかないのだなあ、と現実を見た。子どもたちは当たり前に同級生とのつながりのそれとは別に私からの賞賛もほしいのだった。なぜか?「そりゃ目の前にいるからだった」、目の前にある面白い刺激から「私たちがもらえない」ということはご法度だったのだ。その辺りの調整も意識しすぎた前期だった。不適切な行動をすると構ってもらえると思われたら堪らず、クラスは崩壊すると思ったからだった。知識が邪魔したと言えなくもないけれど、結果クラスは理想へ向かっている。「今が一番面白い!」と思えるクラスになっている。ようやく、不適切な行動に対応できるくらい、私は長い時間をかけて、クラスの適切な行動をする子に声をかけて、満たそうと力を尽くしたのだ。

 

対立を歓迎しよう。

そして、良いリーダーと良いフォロワーが生まれると良い。

その対立を収集できるのかは、運ゲーだが、子どもはそんなにバカじゃないってことと、子どもは常に正解を知っていると信じて乗り越えたい。面白い方にBETする自分でいようと思う。

 

私、イイネ見つけるのはめちゃはやくなった!

とつぶやいている子がいた。うちの目玉の一つである。

「良いところを見つける脳」は使わないと育たないと聞く。それを見つけ慣れた一年だったはず。それが嬉しい。日常化してくれるといい。「振り返る力」や「気づく力」もそうだ。絶えず使い続けてほしい。そういう一生使えちゃいそうな力を育んだつもりだ。この先、忘れられてしまっても、いつか必要になった時はその発達した脳が活躍してくれるといいな。

 

私たちは、あの日、「対立」を乗り越えられたじゃないか!と、この先の未来でも励んでほしいものだ。

「イイネ!👍」をみつけられるって