かならず幸せになれるいきもの

特別支援×ブリーフセラピー×アドラー心理学

195日目:「裏パワハラ」私は私のできることを

30人が生きていれば、日々何かは起こる。ハピペンです。そりゃそうだよなあ。

 

小さなトラブルから大きなトラブルまで。それは、もういろいろあるに違いない。

病気からケガまで。まあいろいろあるに違いない。

上手く笑えないようなことも起こって参る。ああ。

 

でも、仕方ないね。「委ねる」っきゃない。

 

今まで上手くいかなかったことはない。

何とかならなかったこともない。

自分の運を信じよう。

 

動けたね

今の学校では時おり指示待ちになってしまって上手く動けないこともある。ある時にどこにいると、よくぞそこにいてくれた人になるのかがイマイチ分からない。人数が少ないとなんでもそこにいる人が素早くってなもんだけど、人も多くて、いくら素早くてもダンドリがある方には追いつかない。そんなどうでもいい御託を並べていると怒られるだろうけど。

 

でも、今日は自分なりに空気を読んで動いたみた。ステージから荷物を降ろしたり、片付けたり、そういうので上手く振る舞えた。自分で考えて動いてよかった。

 

が、しかし、よかったのだろうか。

 

裏パワハラじゃね?って思わなくもない。

 

例えば「パワハラ」

「パワハラ」は、「あれやれこれやれ」と強いるイメージ。「なんでやらないんだ!」「いいからやれ!」「早くやれ!」「考えないで言われた通りやれ!」「気を利かせろ!」なんて言われる職場、嫌だなあ。

 

例えば「裏パワハラ」

「裏パワハラ」は、「あれやれこれやれ」と言葉で強いることはないが、無言で強いるイメージ。「なんでやらないんだ!」「いいからやれ!」「早くやれ!」「考えないで言われた通りやれ!」「気を利かせろ!」なんて言われない。言われないけれど、「思われている」職場。

 

これって、自分のことを棚に上げていて、マウントしてるよなあと思う。

 

オレはできる。

オレはできた。

他の人もできている。

そうしないことはおかしい。

普通は気が付ける。

なんでぼーっとしているのか。

やる気がないのか。

協力する気がないのか。

 

そんなことを思われていると、余計に身動きができなくなる。そういう勘のいい人もいると思う(というか、そうした貢献度ってチーミング次第でもあるよね?)。

 

ねえ、だったら、あれしてとか、これしてとか、言うというか、お願いするというか、尋ねてくれてもいいじゃない……??

 

ふーん。で、お前はそうしてんのか?

これは、前の前の職場で起きた課題だった。題して「できる先輩は、後輩に仕事譲らない説」である。

 

  • 経験と年が上
  • よく気づく
  • その学校で働いた歴が長い

 

この3つが揃って、「人に頼むより自分で仕事をする」タイプの人だと、間違いなく「裏パワハラ」を受けると思う。

 

どちらかというと、新しい勤務先や、先輩には、年下や後輩に仕事を委ねていってほしい。そういう任される経験から、所属感って生まれるし。ただし、もちろん時期で出来ないこともあるよ。そういう「逆に気を遣ってふらない」も有り難い話だ。しかし、それは、それで、やっぱり疎外感は感じるものだ。だから、話しかけて、聞いてほしいって思う。わがままだろうか。

 

かという私は、そうしているだろうか。気づかなければ気づくまで待つ。みたいな姿勢でいて、「裏パワハラ」を起こしていないだろうか。

自分を普通の基準化して、相手を責めていないだろうか。なくはないんじゃないだろうか。

 

「できなくて、怒る」

ではなく

「教えて、ほめる」

のサイクルを大人にだって意識しなきゃダメだ。

 

それにしても、これは、その勤務校の歴も大きく関係する。やっぱり、その勤務先一年目で、若い人に教えられることなんて、「ない」のだから。たとえば、とりあえず、一年は池から目だけを出して辺りを伺っているカエルのように待つしかないのだよね。ないのだろうな。ないのだと思うのだよね。ああ。

 

男ってそもそも人を頼りにくいしなあ。「自分が使えない」って思うのが苦しいって病にいるとなおのことだよね。そういうので、30後半にさしかかると、やっぱり一緒にいる若者が辛いとも思うしなあ。あーあ。

 

気をつけよう。気をつけよう。