かならず幸せになれるいきもの

特別支援×ブリーフセラピー×アドラー心理学

平成とハピペン

令和!ハピペンです。ひどい雑記なので、疲れたくない人はパスされてください。

 

節目だから、浮かんだまま、ハピペンらしさを記録しておくことにする。おそらく、その中に本当に恐れているものや、本当に望んでいるものが紛れていると思う。そういう語り。

 

そもそも、ハピペンはほとんど平成しか生きていないのですが……幸せだったろうか?

むしろ、昭和の頃が幸せな生き様だったような気もする。

 

ハピペンは、平成を生きて、平成で大人になった。

 

何があったかなあ。

 

【平成前半】適当で無意識で自分に対して放任だった

平成の前半戦。こんな感じだったなあ。自分しかいなくて、適当だった。

ありのままで振る舞って、その時その時ばかり。

たくさん傷つけただろうし、たくさん傷ついただろう。

しかし、それに気づかなかった。

何も気づかなかった。

ボロボロにして、ボロボロになっていた。

 

【平成後半】自分で生きる困難と他者への感謝

アイデンティティの拡散と同時にフリーターになり、自分を喪失した。死にたさに出会って、でも、そのおかげで、「自分とは何か」を問い続けることができた。

 

それでも「人が好きだなあ」という感覚に従って、「特別支援学校の介助員→営業マン・飲食店員→学童の指導員→小学校の教員」とその都度漂流して流れ着いた。

 

「社会は忙しい」と思う。一人の人間が考えをこじらせて、つまずいているときに、聞いてやれる人がいない。時間がない。そもそも自分のことをコミュニケーションする習慣がない。人はステレオを聞いて垂れ流して生きる。自分の生活文化に当てはまらない人や、自分の生活動線にいない人は、「いなかったこと」にされる。「ダメな人」「合わない人」「どうしようもない人」といった風に。自分が罪悪感を抱かないために、自尊心を下げて自信をなくさないために、生き残るために、パイを取り合う。「自分だけは間違っていないはずである」という信念に従ってのさばる。

 

そして、ハピペンは「教育者がこれをやると同僚や教えられる側は少し苦しいと思う」という信念だけは揺らがずに、出会う大人たちを査定して、イライラして感情をぶつけてきた。

 

その結果が、「今」のハピペンだ。そう思うとちょっと嬉しくもある。裸でぶつかってきて、うまくいかなかったから、「関係」に目がいくし、「本当に変わるって何か」「それが汎化されるって何か」、そもそも掲げている考えは「相応しいか」「正しいか」「善いか」というようなことを考え続けていることにつながる。

 

正しさで裁くことで、起こることは悪いことばかりだった。

  • 相手のリタイア
  • 固執した敵として君臨

そもそもの「後味の悪さ」もある。

 

「関係を断つ」ことになってしまうし、相手や場とのつながり、そこにいた「自分」とのつながりも断ってリセットすることになる。

 

本当はリセットはされずに自分にちゃんと経験が蓄積されているのだが、【平成前半】の悪い癖で、その場その場の適当を発揮してしまってよく立ち止まらなかった。暴走列車のようだった。

 

それも、思えばバーでバンドメンバーに殴られて、一転したような気もする。その時「音楽はクソだ」と思った。しょうもない自慰やエゴ、ナルシシズムを正解にするためにプライドだけは守って、イラついたら殴って発散している。本当は音楽で発散したいのに、自分は相応しいと思われるステージに立てないから、そのフラストレーションを近くにいる人にぶつけるしかないのだ。「そんなことのための音楽誰がやるか」と思った。そこから一気に教育に舵をきったのじゃないか。

 

教育なら殴られても立つよ、二本足でね

「ブランコに乗ったら声に力を込めて歌えない。」あるライブハウスの店長が言っていた。

自分が二本足で立てる場所、立ちたい場所。目の前にいる人たちに圧倒されないで、歌えるように。だから、ハピペンは、まだ、しばらくは、今は、ここに立っていたいと思っている(そもそもハピペンはドラマーなので座っていたけどね)。

 

本当にいろんな人がいたんだ

平成……。

ハピペンに出会ってくれた人がたくさんいた。

そのほとんどは通り過ぎていく人々ばかり。仕事が変わる度、人付き合いも変わるからってのもある。

 

ただ、その時、その時、励ましてくれて、一緒に働いてくれて、時間を共有してくれて、そこにいてくれて、言葉を交わしてくれて、ハピペンは出来上がっていった。

 

偶然2006年に書いていたブログを目にして、その時のメモが気になって、少し掘り起こしてみた。

 

やっぱり、フリーターの時は、本当に明日が見えないというか、苦しい当事者だったのだと思う。ずっと頭が重かった。

 

でも、ある日「ピカッ」と閃いて、そこからは景色が少し明るくなって、頭が軽くなった。

そういう真実に出会うのが楽しかった。

今もそういうエッセンスは残っていると思う。

 

でも、そういうノスタルジーなものを平成に置いていきたい。大量の日の目を見ないメモたちや、使い物にならない感情、悔やまれるつながりの跡。

 

明日を見たいんだ。そうしてわくわくしたい。

楽しいと思う学びをむしゃむしゃと食べる。

そして、「自分」や「生活」を楽しみたい。

「ハピペン」は「ハピペン」でいていいのだと思えるようになってきた今、ハピペンを楽しみたいところ。

そういう令和のスタート。

これまでに「ありがとう」を言うスタート。

自分に「ようこそ!」を言うスタート。

せっかくだから、そんなきっかけってことにする。

 

さあ、行こう!令和!