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【G.Wの振り返り】in大阪【その3】

in大阪編

3つのイベント

相変わらずのその日暮らし。

それは旅でも例外ではなく、ハピペンは、ノープランだった。他者様にとって、これほど迷惑なことはない。と、どこかで気がついているにもかかわらず、また甘えて過ごす。なんていうか。「今を楽しむ」ってことで許されたいってことで。

3つイベントはこちら

  1. 人に会う
  2. かに・休息・皿うどん
  3. USJ

では、スタート!

 

人に会う

ここ数年とにかく「これが大事だ」と思う。

これがあるから、人生は楽しいと言える。「それ以外に人生が楽しい理由なんかない」と言ってしまって差し支えない。

たとえば、あの日一緒に歩いたこと。みたらし団子を食べたこと。言葉や眼差しや気持ちを交換したこと。そうしたなんでもない一日が、この先の人生をも彩る。彩り続ける。

 

「in大阪」でのすべてが、そうだった。

 

ハウルが「ソフィがいると思うから行けたんだ」というのと同じように。そもそも、あなたがいなければ、大阪には行けていない。何か理由を見つけては、行こうということを現実にはしていないはずだ。

 

ところで、人が仲良くなるための第一条件は「近接性」とされる。その近接性、つまり近所だとか、席が近いだとかをすっ飛ばしてつながれるのが現代だ。SNSは近所には住んでいなくても、「心の近接性」に貢献し、実際の距離を気にせず、会おうと思い立つことができる。思い立てるなら、もう後は会えたも当然だ。費用と時間の問題でしかない。そもそも、人が仲良くなるには、心の距離の方が重要度が高いってことかもしれない。むしろ、そもそもそうだろう。この距離の遠いだの近いだのは、リニアができるとますます和らぎ、この先、心の近接性の方が有利になりそうだ(オンラインって手もあるしね)。そして「どこでもドア」ができるともはや心しか関係なくなるかもしれない。いやいや、「義務教育の通学にどこでもドアは使用できません」となるに決まっていて、やはり実距離の近接性は重要になる。

 

というわけで、くだらない思考活動メインのハピペンは、上で挙げたように、着の身着のままというか、ふわっと近接者と出会うことになった。あまり「よそ行きでなくいたい」と思ったためだったってことにしたい。

最初、私は自信なさげに手を挙げただろうと思う。そして、それが私のすべてだと思う。

 

目線の先に立つのは、予想よりもはるかに小柄で、目が大きい人だった。いるだけで周りの空気や人を明るくする人なのだろうなということが瞬間的に伝わってくる。私は緊張、緊張。

 

歩く

歩く。

というより練り歩いたぜ!!

おかげさまで、道頓堀付近の地理を一気に把握できたし、テレビでもよく見るようなところのほとんどを目にすることができた。

 

大阪は街と街が道路一本挟んでくっついているような印象で、初めて歩くとすると、そのお店を眺めているだけでいくらでも歩けてしまいそうだった(実際楽しく歩けたのです)。ただ、そのおかげで気がつくと随分な距離を歩いていたと思う。

 

私は特に通天閣がかっこいいと思った。

f:id:penguin-kn:20190508070745j:image(横になっちゃう)

 

科学特捜隊を思わせるゴツゴツとした鉄骨だった。ちょっと興奮する。

 

喫茶店にて

さてさて、腰を下ろして、向かい会ってお話しできる時間になりました。私のノープランっぷりが悔やまれます。段取り力がないことを意識して学んだ方がいいかもしれないです。本当にすみません。

でも、やっぱめちゃ楽しかった。今回の「in大阪」の醍醐味だった。ただ、まだまだ時間が必要だ。コンティニューってことで全然いいのだけどね。話を聞いていて、確かなストーリーや動機があって、そのどれもが頷きたくなる、刺さる話だった。そのどれもが生活の中の実感から始まっているので、最先端で緊急性があって、必要なことだった。やがて形になることを願いたくなるものだった。そして、着実に歩みも進めている。そう、オーセンティシティーってやつを感じるに感じまくった。

 

ハピペンは管理職になろうってないのかという話があった。正直ない。そういう場面がくればなればいいだろうくらいに思っている。「管理職になりたい!」ってのは、なんとなく違和感がある。もちろん何かを「変える!」のヴィジョンにもよるけれど。周りの人から勧められたり、願われたりしてなる立場なようにおもっている。そして、何かを変えようという時に立場が必要な場合、実際に目の前が変わるまでの時差がある(例えば工藤先生は20年前からイメージされていた)。

ハピペンには、目の前の子ども愚直に関わった先に自然とポッと管理職という選択肢がやってくるように思えてならない。「なるべくしてなる」というような。そして、そもそも何かを変えるには、いろいろなバッググラウンドが必要だというのもある。「変えたい、変えたい」だけで変わらないし、そして、学校一つ変えたところで自己満ということもある。

たとえば、ハピペンは、今の公の管理職のMAXは工藤先生だと思っている。何かを変え、自分が影響する存在になりたい、と考えるなら、それは、ほぼ工藤先生のようになりたいということになる。でも、工藤先生が何人増えようが、おそらく、去年のうちのクラスのあの子の不適応行動を止めることは出来なかっただろう。まして、工藤先生にしても、校内の風土を変えるのに2年はかかっている。こんなに注目されても、工藤先生の考えと違う先生も共生しているのが学校である。そして、それは実際必要な目や力となる。それを管理職になって、なんとかしたいというのは、公を見誤っていると思うのだ。「管理職になりたい!なって学校を変えたい!」それは、単に「公を私物化して自分が君臨したいんだ!」という願いなのではないか、と。そんな風に聞こえてしまう(個人的見解)。木村先生だって、子どもの事実から初めて、みんなの学校を作っていっただけだ。管理職になるってことは、そんなに重要なのか分からない。だから、私は今、管理職になりたいなんてことは、ちっとも思わないのだった。私はどちらかというとレジスタンスで、したたかにはやれず、いつもイレギュラーで特攻。そんな一兵卒だ。

 

途中でお土産を交換した。いろいろ頂いたのだけれど、私は消しゴムをもらった。ハピペンのネームと注意事項入りだった。愛されていると思った。私にはそんな粋なお土産を用意できなかった。不覚。だから、段取り力がないのです……ってば(;ω;)

 

17時ごろ、新世界のはずれで、終点となった。夕日が眩しかった。名残惜しかった。信号が青になったのを3回はやり過ごした。ハピペンは基本的にはあまり空気も読めない。ただ、ただ、別れるのが惜しいと思っていた。再開を約束して。手を握って。

 

その後は、おすすめの串カツ屋さんに並んだ。大人気店だった。無事に入れてよかった。帰って、かに道楽の豪華版の店を予約した。そして寝むる。

 

この時、私たちは、思ったよりも歩いていたことに、まだ気がついていなかった。ハイだったのだと思う。疲れを脳がマヒさせていた。もしかしたら、相手もそうかもしれない。次の日それがとても心配になった。

 

かに・休息・絶望と皿うどん

2日めの朝はゆっくりだった。朝食を完全に見失った。かにを予約していたから起き上がる。きっかけがあるから、外に出ることができた。予約することは、とても正しい選択だった。

 

アメ横にあるお店に向かう。

かにのいろいろ。

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感想は「まあ、かにだった」という感じで。

私は味云々よりも、起承転結のような、コースの流れに感心していた。最後は寿司と氷菓だったけれど、本当にちゃんと締まった感じがした。最初の方の「かにってどうやって食べんのん?」という少しフラストレーションのあるストーリーは、きちんと解決していく。その感覚が面白かった。

 

さて、どうしようか。と、なんとなくぶらぶらする。でも、何も買わずに、それ以上食べもせずに、拠点に変えることにした。そして、また、寝た。私たちは十分に休憩する必要があった。

 

 

休憩

 

 

起きると、次は夕飯にまた外へ出て行く必要があった。「うどん!」ならと決まり、また、街へ繰り出す。ここからが地獄の始まりだった。

 

「今井」という店があった。確かに昨日道頓堀で見ていて、魅力的な店だった。そこは、本店でいかにもという感じだった。ただし、そこまで行く気力がなく、もう少し近くの駅にある支店を目指すことにした。それでも、それなりに歩くが、仕方なかった。1店舗目は、本店の2つ隣の駅だった。歩いて探す。たどり着くと、その支店は、建物ごとなかった。ああ。そんなこともあるものだなと思う。隣の駅にもう一つ店舗があるらしかった。歩いて行ってみることにした。やはり、それなりに歩いた。その支店はデパートの中にあって、そのデパートはまるごと改装中だった。ああ。そんなこともあるものだなと思った。少し苦しかった。ならば、ともう一つ隣の駅の近くにある店舗を目指すことにした。たどり着くとそこもまたデパートだった。レストランフロアの案内に店舗の名前がなかった。まさかと思った。ケータイで調べてみた。すると、そこは、デパ地下の一角の販売専門店で飲食ができるお店ではなかった。ああ。本当にそんなことってあるものだなと思った。思った。思うだけだった。私たちは絶望していた。私は昨日見た近くの皿うどんを思い出していた。そして、皿うどんを食べることを提案した。なぜ皿うどんなのか。また新しい絶望が生まれていた。その後のことはここでは書かないことにする。

 

私たちは疲れていた。なんとか拠点に戻る。眠りたかった。しかし、疲れているのに、昼寝をしているため、脳だけ起きてしまうような状態でいた。明日は遅いわけではなかった。早く起きるべきだった。気がつけば日付はもうUSJに行く日になっていた。

 

USJ

昨晩ほどではないものの、多少絶望感の残る朝だった。起き上がれる方から先に起きてシャワーを浴びなければならなかった。私たちはもう7:30には拠点を後にするつもりだった。ふわふわとドロドロと帰り支度をした。いくらか天気に救われた。拠点を出ると太陽の光を感じた。今日は一日いい日になるかもしれないということを少しだけ信じられた。

 

USJまでは、30分ほどで着く。ここにきて、いろいろ検索しだした。目指していた駅がUSJの最寄りでないことに気がついた。ユニバーサルシティ駅ってあんのかよ!ってなった。そして、駅の何両目だと階段に近いか。持ち込みはできるのか。コンビニには寄った方がいいか。荷物はどう預けるか。混み具合はどうか。アホらしい。そう。私は段取りが悪いのだ。

 

それでも、それなりに楽しめた。乗れなくて悔やまれたのは一つだけで。まあ、またいつか行けばいいよ。長生きしたらいいだけだから。

 

満足度は高い。思ったよりも空いていたし、乗れないと思っていたものにも乗れた。

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ウォーターワールドを見て、ハリウッドドリームライド、 バックドラフト、ジョーズなんかのアトラクション、ミニオンハチャメチャライドにも乗れた。

ミニオンにも出会った。この子たちがいるからUSJは明るくなっただろうと思った。前に行ったのは、16年も前だったし。その時のUSJは、もう少し灰色だったイメージだ。

 

その後、パークを出て、ユニバーサルシティで、たこ焼きを食べたり、お土産を買ったりした。

 

会計の時にふと「何時に乗ればいんだっけ?」となった。私たちは20:10新大阪発の新幹線に乗る。そのためには、19:37ユニバーサルシティ発の電車に乗らなければならなかった。時計を見ると19:30だった。会計が終わって、19:33だった。乗り換えもシビアだった。一歩も間違えてはならなかった。少しでも違うホームや出口や階段に足を運んではならなかった。こんなに疲れているのに、帰れないことは避けたかった。

 

しかし。ハピペンは大体うまくいく方なので、今回ももちろんうまくいった。私たちは20:05には、弁当とビールの会計も済ませ、新幹線の席に座っていた。途中、大阪で2分早い電車に乗り換えることができたのが良かった。こうして、段取りをしなければならない後ろめたさからまた解放されていってしまうのだった。

 

さようなら大阪!

また会おう大阪!!

ありがとう大阪!!!

 

その他:拠点で思ったこと

泊まる先は、人形の街で、商店街の中にある民泊だった。2日目、別の路地に民泊反対の張り紙を見つけた。下手をすると泊まり先の選択次第ではじまる分断があるのだと思った。人はいつも、あなたは私に受け入れられるべき人ですか、と測られているのかもしれない。みんな疲れていて、自分に余計な抵抗なくコミュニケーションできる人を求めているのだ、水入らず、気兼ねない間柄を。この正解主義も本当はもう疲れたな、と思う。どうして、「上手に」人と関わらなければならないのだろう。ただ、生きていては、誰かの幸せを台無しにしてしまうからだろうけど。たとえば、誰かにとってのミスは、どこから自己責任なのだろう。でも、やっぱり、そういうの、含めて、そこにいる人の「歴史性」や「文脈」があるのだと思う。そして、そこに溶け込み切るほどの時間やつながりを有していない自分は俯くほか選択肢がない。

 

違う場所へ行くって大事だ。楽しい。知らないことを知れる。まだ見ぬ価値にも出会える。まあ疲れるのだけれど、それがまたいい。次の日は、仕事に行くつもりだったけれど、行かなかった(行けなかった?)。ただ、そのおかげで、それでもなんとかなるということを試せる機会ということになった。実際に2日間なんとかなった。あと2日がんばればまた休みだ。こんな感じで、段取りがなくて最悪なのだけれど、日々を乗り越えています。もう少しちゃんとしたいとも思っています。すみません。頑張ります。ハピペンです。