かならず幸せになれるいきもの

特別支援×ブリーフセラピー×アドラー心理学

家庭訪問をするほど懸念が吹き飛ぶ【6週目が終わって】

暑い!!ハピペンです。2019年になって、気温から着るものを意識できるようになりました。

最高気温21度は、朝は長袖。学校内では半袖。夕方は羽織る。

最高気温27度は、朝は薄い長袖、学校内では半袖。夕方も半袖かも。といった風に。

これまでは、感覚で選んでいました。だから、日中や夕方になって失敗することがあった。それが減った。まあ、どうでもいいことです。

 

ハピペンのお家の方観

家庭訪問の時期。ハピペンは家庭訪問好きです。人によって話しやすさの違いや、相手の話しやすさの違いがあって面白い。そして、お家の方と子どもは話し方が似ている。表情のタイミングなんかも似ている。

 

ふと、私なりのお家の方観ってあるなあと思って書いてたいと思った。

 

始まり

ハピペンとお家の方との付き合いは、学童で始まった。最初は苦手意識がなくはなかった。ただ、そう思うときほど話しかけると、心地よかったり、子どもについての理解が増したり、おかげでもっと子どもを好きになれることが分かった。そして、何より、そうして、子どもの見立てを聴き合い、願いを聞き伝え、展望を共有すると子どもが伸びる気がした。一番は、お家の方の安心感が増すからかもしれない。

子どもや中には、家でも学童でも学校でも同じ感じという子もいれば、家ではああだけど学童と学校ではああとか、家と学童ではああだけど学校ではああとかいう子がいる。

その子どもの見立てを聴き合っていくと、子どもが少しずつ立体的に見えてくる。そうして見た先に行き着くところは決まっていて、「今の姿の肯定」もしくは「成長している」ということである。これが「安心」につながるのだと思う。

 

成長について

たとえば、学童で夕方暗くなっても電気をつけないこと子がいた。その子を2年見守っていた。トイレの電気付けるかどうかは、私にとってはどうでもいい課題なため。でも、ある日その子が電気をつけた。3年生になった時だった。私は「成長したなあ」と思った。「暗いって気がついたんだね!」とトイレから出てきたその子に言祝いだ。

私が成長と思うストーリーの中で一番小さく、一番どうでもいい(と言ったら失礼だけれど)ような成長だ。けれど、私はこれが成長の本質だと思っている。

「気づかなければ成長はない」ということだ。

そして、大人は「成長はない」というサングラスをかけている。だから、いろいろな見方で見られる必要が出てくる。

話は変わるけれど、成長が見えにくくなるのは、「理想の姿と比較しているから」だろうと思う。昨日と今日で比較するといい。少し難しければ、先月と今日。さらに難しければ、半年前と今日、昨年と今日、生まれた時と今日だっていい。子どもはどこか成長している。できていたことが、できなくなっているというときもある。日本人は三歩進んで二歩下がるのが大好きなので、ご愛嬌ってことで、また少し時間を置いてみたらいい。

 

トラブルが増える

成長するとトラブルも増える。そのトラブルの度に、どう対応するかが分かり、トラブルを減らすことができるようになる。

お金の失敗を小さいうちにしていれば500円で済むものを、干渉して守り過ぎればお金の失敗を大人になってからすることになり、そうすると当然額が増える。何百万単位かもしれない。

上手に失敗させること。また取り返しのつく失敗は、成長チャンスのギフトとして受け取りたい。トラブルは嫌なことである。でも単なる嫌な出来事や悪いことにしてストーリーを終わらせてしまうととてももったいない。捉え方を変えさえすれば、どこにいくらお金を払っても体験できない学びの場になり得る。

 

再びお家の方観

そんなわけで、お家の方と展望を共有するのが嫌いじゃない。言葉を往還するのが好きだ。そして、そこがズレると一気に子ども伸びは悪くなる。二律背反。パラドクス。二重拘束。子どもの頭の中の疲れも増すだろうし、不安定になるだろうから。

たとえば、お家の方が否定するあの先生の言うことを聞いている私は誰の味方なの?となる。これほど苦しいことはない。そこに自分は存在できなくなる。もうロボになるしかない。それぞれの大人の顔色を見て、お家の方にも先生にも嫌な思いをさせないようなフリをする。これは優しい子である。この子はバケツの水がいっぱいになったら、非社会的行動の道へと進むと思う。反対もいる。葛藤に耐えきれず、手を出したり叫んだりして気持ちを憂さ晴らしをする子。この子も本当は優しい子なはずである。ただそう表現したくなるような現実を与えてしまっているのだ。この子は反社会的行動の道にいる。

学童で働いていて、子どもが大人の顔色を見て行動を選ぶのは嫌だなあと思った。子どもやってりゃいいのにって思った。というより「自分をやってりゃいいのに」って方かな。そこから、なよい、ゆるい、ぬるい、命令語・否定語を使わない、一生怒らない宣言、お願いするなどのハピペンは出来上がっていった。

 

家庭訪問の実際

一番気をつけていることは「ペーシング」だ。

相手の波長に合わせる。話し方のスピードや言葉など。お家の方の見立ては大抵合っているので「今の言葉がその通りだと思います」なんてことをよく言う。ペーシングがいいと話しやすくなると思う。実際は、ナチュラルでペースが合う人だと話しやすい。ここは課題だ。

 

あとは、「気がかりありませんか?」と聞く。あれば出てくる。まあ、ほとんどの家の子が楽しく学校に来ているそうなので、ひとまずは安心してみておこうと思う。

 

それと、「自分がすべてはキャッチできていないと思うので、何かお子さんからキャッチしたこもがあって、気になれば、またすぐ教えてください」と言って去る。

 

余談

私はコミュニケーションが苦手な子がなんて言って欲しいかやなんて言いたいかが分かる方(だと思っている)。それが強みで子どもの言葉を聞いてきた。また一年の中で、私もキャッチしていきたい。